(2)
わたしは天才陰陽師、時州瑠衣。
天才科学者でもあり天才錬金術士でもあるわたしは龍脈の乱れの調査に行って
黒ずくめの怪物たちの怪しげな跳梁跋扈を目撃した。
調査と研究と開発に夢中になっていたわたしは、自分の内部が龍脈に汚染されていたのに気づかなかった!
肉体を破棄し、魂を飛ばし、目が覚めたら……サークル君になってしまっていた!
このわたしがこんなザマになていると一門の連中にバレたら、またイヤミを言われ、わたしのストレスは溜まる一方!
カツラキ君の助言で正体を隠すことにしたわたしは、事態を鎮静化し自らの肉体を取り戻すために、
古民家風民宿とかいうのをやっているカツラキ君の家に転がり込んだ。
たった一つの真実見抜く! 見た目は人形、頭脳は冷凍保存して放棄した!
その名は、名探偵ルイ!
「わかってもらえたかね?」
「……あなたが割とふざけた人間だということは」
ウサギのサークル君は、たまたま部活で訪れた門口市のマスコットキャラクター、いわば『ゆるキャラ』というものらしい。
ブームに一足も二足も遅れた時期になって誕生したそれは、シュールなデザインによってコアな人気を着々と増やしていき、あのテンションの高い梨となんかそれとよく似た納豆には劣るものの市外においても知名度が高くなっていった。
この間、この龍沖市駅の売店においても土産物のキーホルダーを見たばかりだった。
その人形に、
――なんの因果か、俺は正座させられている。
自室なのに、という言葉はまるで意味を持たないだろう。
そもそも自室と言っても借宿に過ぎないが。
古民家風民宿『すもも』は宿泊客の六割は、長期滞在の外国人だ。
ここを拠点に日本全国を回る人も多い。海外の旅行雑誌などでも、何度か取り上げられているようだ。
その主は氏家紀昌。その粗野な風貌に見合わず、彼の語学力は高い。かつては外交官として働いていた、とアルコールの混じった息と共に自慢したこともあった。
そんな風変わりな経営者による、一風変わった宿の滞在者の中でも、桂騎習玄はもっとも長く居座り、そしてもっとも若く、もっとも奇妙な持ち主と言えた。
中学の頃から数えて四年間、彼は二階東側の最奥に居室を構えていた。
暮らした年月の割に、その部屋にはこれといったアイテムやアクセントはない。学生生活に必要最低限のもの、あとは図書室や市立図書官の蔵書が五、六冊ほど、やや大きすぎる棚にぽつねんと並べられているだけだ。
習玄自身はカーペットの敷かれた床に、ウサギの人形は勉強机の座椅子にその身を置いていた。
「仕方ない。物覚えの悪いカツラギ君に、改めて自己紹介しようか」
「カツラキですカツラキ! 物覚えが悪いのはどっちですかっ」
「わたしの名は、時州瑠衣。さっきも言ったが天才陰陽師にして天才科学者にして」
「天才錬金術師、でしたよね」
総身をつかってキテレツなポーズをとるウサギは、そう名乗っていた。なにをはばかることもなく。
「というか今の時代に錬金術師だの陰陽師だの……というか錬金術師はある意味科学者の前身でしょうが」
「細かい男だな。わたしが名乗るならそれが全てだ。わたしが法だ。アイアム、ロウ!」
「……すごいな、ちゃんと会話して三秒でどういう性格かわかってしまった」
だが今は、脱線している場合じゃない。
「時州家はさる権勢家に代々仕える陰陽師の家柄だ。政治の方針、吉凶とかを占い、助言を行う『軍配者』的な役割だな。うさんくさいな」
「自分で言いますか」
「まぁ現代日本においては、政財に関わる知識やノウハウや人脈も持っているから、ふっつーにフィクサーとしての仕事もしているがな」
短い両足をブラブラと浮かせながら、彼は遠い世界の話をする。
「そんなオカルトと現代の狭間に立ったような家で生まれたからか、その末っ子は両方に興味を持ってしまってな。すばらしいことに才幹もあった! 小学生にしてあらゆる秘伝と外法を修め、イギリスの名門大学を十四歳で超優秀な成績で卒業! 家族にやっかまれながらも充実した人生を歩んでいた! はずだったのがな」
しょぼーん、と口にして肩……にあたる部分を落とし、声のトーンも低くなり、心なしか表情も険しくなった、気がする。
「……一年前、君らの通う鏡塔学園に流れる龍脈に乱れが生じた」
「龍脈」
オウム返しする習玄の本棚に、瑠衣はおもむろに目を向けた。
「読書家ならば目にした文言だろう。地中を流れる大いなる気の流れ、それが龍脈だ。あの鏡塔学園の建てられた場所は、その勢いが強く、かつ地上から近い位置を流れている。そのためにこの一帯の土地は豊かで、かつては交通の要衝であり、豪族や大名が万骨を枯らして争った」
地方史を読んだ習玄も、理屈はともかくその説明には信ぴょう性があることは認めた。
曰く、学校創設時、掘り返した土からは当時の戦死者の遺骨が山ほどに発見されたという。
「龍脈の異常自体はそれほど珍しいことではない。大概は一過性のものであり、かつ人間の生活に直接的な影響を及ぼす。ところが……今回は違った」
「あのアヤカシども、ですか」
ウサギは視線を戻し、あいまいな頷き方をする。
「といっても連中は絞りカス。現象の一端に過ぎない。その大本はおいおい知ることになるからこの場では説明しないが……奴ら一つとっても、今回の件は異常だ。龍脈の可視化どころか物質化だと? それが思考を確立し武器を手に取るだと? ぬはは、まずありえない!」
習玄への説明は瑠衣自身への独白にすり変わり、興奮が入り混じりテンションが上がっていくのわかる。
――しかしこの瑠衣先生の口ぶり、俺が今後も関わることを前提としているようだな。
苦笑する習玄の視線に、話がズレかけていることを自覚したらしい。こほん、とする必要のない咳払いの後、「そんなこんなで」と付け足した。
「わたしはその原因と解決手段を調べつつ、直接的な脅威への対抗手段を開発した。物質化した龍脈を抽出・凝縮し、鉱物化した。その力を循環させて毒素を排し、人間が使用可能なレベルに落とし込んだ。それが君の手にした『駒』と『ルーク・ドライバー』だ」
習玄は自らの手に収まった駒と、彼とウサギとの間に置かれた錠前へ交互に視線を配った。
「だが!」と甲高い声をさらにうわずらせ、瑠衣は自身へと視線を戻させる。
「……実験と検証をくり返しているうちに、逆にわたしが龍脈の毒に冒されてしまってね。気づいたのは今日のことさ。『あ、これやっべぇ』と思ったら最後、肉体が奴らに取り込まれた。さっきの死神どもはその際に生じたモノだ。わたしはしょうがなく、浸食された肉体を冷凍保存、亜空間へブチ込んだ。その前に偶然拾った人形へ魂を移し、空間を封印した。もしそうしなければ、アレらは際限なく増えたはずだよ」
まるで自分の功績のように言うが、そもそもの発端は瑠衣自身の不覚によるものだ。
巻き込まれたことに別に恨みはない。が、苦笑いの中の苦みの度合いはわずかに増した。
「さて、かいつまんでここまでの経緯が説明したが、理解してもらえたかな」
「なんだか肝心の問題をすっぽかされた気もしますが」
「だから聞くより見る方が早い。百聞は一見になんとやらだ。とにかく、今あの学園全体は不発弾が無数に埋まっているような状態だ。いつどのような形で暴発するか、わかったもんじゃない。その事実だけは覚えておいて欲しい」
「ぞっとしないですね」
習玄は肩をすくめた。
「さて、今日の講義はここまでだ。わたしも内心混乱しているのでね。これ以上しゃべると脳みそがパンクしてしまう」
「脳味噌冷凍保存したって言ったじゃないですか……」
という習玄のツッコミも、空虚な部屋の白けた空気に溶けただけだった。
「それであの、彼……新田さんの件は大丈夫なんですかね」
「ん? その辺りはわたしに任せておきたまえ。もっとも、遠からず向こうから接触してくるだろうがな」
彼の言うことは根拠もないことではあったが、妙な現実味があった。あの少年ならすぐこの民宿を突き止めるかもしれない。そんな予感があった。