(12)
「……」
言葉もなく、少女は消し炭の前で立ち尽くしていた。
精一杯に伸ばされた腕の残骸が、その先で、半ば溶けて黒ずむ琥珀色のゴミが、最後まで生をあきらめなかった本人の意志のつよさを感じさせた。
「し……師兄ーッ!」
そこでようやく、九戸社は幻影ではなく真実、みずからの兄弟子が惨死した事実を認識した。
駆け寄ろうとする彼女の目の前……すなわち牧島無量の焼死体の上に、黒い影が舞い降りた。
その重圧に耐えられる密度は、消し炭にはなかった。
故人の意思は関係なく、呆気なく踏みにじられる。
唯一のこった融解しかけの『ルーク・ドライバー』も、その圧力には耐えきれずに軽い爆発やスパークとともに四散した。
彼を拘束しようとしていた社の愛鳥もまた、この乱入者の異質さ、にじみ出る攻撃性に警戒をいだいたようだった。
けたたましく鳴き、巨大な翼を広げ……その瞬間を、葉月幽が伸ばした手に捕まえられた。
暴れるそれを事も無げに近くまでたぐり寄せると、頭部を引っつかみ……まるで、ペットボトルのキャップか、あるいはニワトリの絞殺かのように、その首をねじ切り、脊髄ごとその頭をぞんざいに投げ捨てた。
翼をうしなった鳥が、頭だけで弱々しく跳ねる。
頭をうしなった鳥が、もう二度と羽ばたくことなく痙攣をくり返す。
「やっと静かになった。
少女の姿のしたモンスターは、つまらなさげにそう言った。
それだけが、彼女が社の鷹への殺生の理由だったのだ。
葉月幽はふたたび無量の骸へ視線をもどす。
伸びた黒焦げの手から溶けた『駒』をもぎとり、それをじっと見下ろした。だが半ば溶けて形状がわかりづらくなっているのを確認し、舌を打った。
汚れに触れた、と言わんばかりにその残りカスを革靴の底で振り払うと、合成弓を手にした少女はゾッと するような目で、社を見返した。
そして、
「おい」
と低くも透き通った声を、ぞんざいに社へと浴びせた。
「お前、何してる」
「え……」
「兄弟子を殺ったのは、ワタシだ。そいつが死体を踏みにじり、いまお前の飼い鳥を虐殺したあげくに目の前に立っている。……で、なんで突っ立ってる? 刺し違える気で、いやせめて一矢でも、と挑んで来ない?」
ことさらに煽るような言い方だが、自分にこの瞬間まで気配を気取られなかった技練と、今目の前にしての強烈な威圧感は、彼女から戦意も報仇の信念も折ってしまっていた。
どうすることもできずに、ただ足下の残骸にすがる。自分が妨害してしまったせいで、そして自分をかばったせいで、牧島無量は人ではない死に方をしてしまった。飛丸も同様だった。
その現実が今でも受け止めきれず、忍びの少女は首を振って泣き咽ぶ。
彼女を見下ろす女射手は、苛立たしげに、忌々しげに目元と唇をゆがめ、露骨に舌打ちした。
「数百年もの間、武技に生きた一族の末裔、その一番の秀才が、これか……とんだ期待はずれだ!」
手前勝手な理屈と罵声を彼女にぶつけると、その異質な男女は三階建ての高さをものともせず飛翔し、ふたたび気配を消した。
「ううう、うくぅうううう!」
そして自分を取り戻した少女は、黒炭をつかんで握りしめ、非力な腕力がコンクリートに叩きつけられたのだった。
□■□■
「いやー、見てくれたか? おれの活躍。やっぱこの世界の戦士といっても、たいしたことがないっ! あれではおれたちの世界の足軽雑兵にも劣るな。これなら、良順や『あの方』がいなくとも」
満面の笑みを無邪気に向けるハジメに対し、葉月はきびしい目線をかえしただけだった。
ひるむ彼には直接言わないものの、
――そろそろこいつとも手の切り時だな。
と、冷徹な感想をいだいた。
もう何世紀以上という腐れ縁だが、いい加減成長しないこの男にうんざりしていた。
迂闊な道化を、これ以上飼っていればこちらが面倒なことになる。
――そう、こんな失態を犯すようなバカとは、もうおさらばだ。
彼女は手の中で未だ熱を持つ、琥珀色の物体を見下ろした。
「戦利品だな」
ハジメはなんの異変にも気づくことなくみずからの功を誇る。
辛うじて怒りを封じ込めて「なぁ」と彼にかつてのように語りかける。
「お前、火鼠の皮衣って知ってるか?」
「おいおい、さすがにここに来てしばらく経ってるってのに、『竹取物語』を読んでないってことはまいだろ」
「そうか、じゃあ読書家な色市先生にすこし質問したい……たかが発火で、龍脈結晶たる『駒』が溶けると思うか?」
そう言って彼葉月が取り出したのは、『忍者王』が持っていたもうひとつの鍵駒。彼女が冬花を介して無量に貸し与えた『王』の駒。
全焼した彼の死骸から回収したそれは、『歩兵』とちがって形状を完璧に保っていた。
ハジメも、気がついたらしい。
「あ……」と声を漏らして視線を左右させる。
そのピエロっぷりがまたあまりに腹立たしく、ガラス細工のダミーを握りつぶした。
「あひっ!?」
そしてその手の甲を、思い切りハジメに叩きつけたのだった。
「ヒビキに連絡してこい。新田前を始末し、状況を開始しろ、とな」




