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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第五話:忍冬 ~ある愛のおわり~
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(10)

 屋上に出ると、見渡すばかりの青空がひろがっていた。

 風の通りも、いつもよりか心なしか良く、冷気をともなっていて、人でごった返した校内を出てきたばかりの火照った肌には心地いい。


「あはっ、いろいろ見て回って、結局シメはここなんだねェ。あぁ、君も高いトコロが好きなクチ?」


 ――これで、後ろから飛ぶヤジがなければな……。


 外っ面に柔和な笑みを貼りつかせて、習玄は忍森冬花へと振り返った。


「すいません。思い入れのある場所なもので」


 と言い訳し、彼女から一歩退いた。


「なにせ、俺とあなたがはじめて対等に刃をまじえた場所ですから。それからもずっと模擬戦をくりかえして……今じゃ七勝ハ敗一分……でしたっけ?」


 ニヤニヤと笑み返す少女の頬が、わずかにきしむ。


 肉感的なボディラインの下で腕を交差させ、顔の筋肉はまったく動く様子を見せない。

 一枚の静止画か、人形のようでもあった。


 冬花が吹き出したのは、きっかり三秒後のことだった。

 組んだ腕はそのままに、上半身を屈して肩を震わせる。


「あっははは! なに言っちゃってんの桂騎クン! ボクらが最初に戦ったのは、スタジアム。それに九勝八敗ニ分で、キミの勝ち越しでしょ!? もうっ、ボケならもっと分かりやすくやってよね。……それとも、カマかけたつもりなのかなぁ?」


「いえ、とんでもない」とごまかしつつ、背筋に浮かぶ汗を、隠すように身体をよじる。


 ――やはり、鋭い。

 これ以上の追及はあきらめて、習玄は『ルーク・ドライバー』をその手にとった。


「休憩はもう十分でしょう。久々に、模擬戦やりませんか?」


 □■□■


《Check! Pawn!》


 という機械音声が、牧島無量の腰元から響く。

 活気溢れる様子の学校とは裏腹に、そこにつづく裏通りは一転して、死んだようだった。


 遠回りしながらも、無量は『歩兵』の駒の跳躍能力をつかい、確実に学校に進む。

 建物と建物の間を縫う。たとえ高所からでもぜったいに見えない場所。まして射込むことなど不可能な地点を、確実に選んで進む。

 だが、


「……ッ!?」


 その『忍者王』の足下に、確実に矢は届けられる。それも、かなり正確に近づきつつあった。


 ――このままでは、追いつかれる!

 意を決した彼は、商店と商店の間、その壁を蹴って宙に浮いた。

 展開した黄金の手裏剣、その中央から出っ張った鍵溝を、ドライバーへと差しこんだ。


《Checkmate! Pawn!》


 無数に浮かび上がったエネルギー体の手裏剣が、虚空に軌道をえがきながら乱舞する。

 次から次から飛んでくる矢は、いったい今はどのポイントから撃たれているのか。どこをどう曲がって、こんな入り組んだ通路にまで入り込むのか。

 それらを迎撃し、墜落させ……それを縫うようにして死角から飛んできた一矢が彼の肩肉に食いついた。


「ぐあっ」


 悲鳴をあげて地に落ちた彼の耳元で、足音とせせら笑う声が聞こえる。


「新田前のドライバーと『駒』か。そんなクソスペックでおれら『流天組』を撒けるわけないだろ。だいたいなんだこの逃走経路? 行くなら人に紛れやすい大通りだろ」


 たしかハジメとか言ったか。葉月幽のそばにいた、腰巾着という印象しかない、なさけない男。

 それにしても、


「……いちいち、賢しくしゃべるのが好きそうだな」


 せせら笑って挑発し、隙をつくろうと画策する。

 だが無量のそんな思惑を嘲るように、男はいかにも伊達者っぽく浅黄色のシャツをはためかせ、肩をすくめた。


「そうともさ。おれの本領は弁と筆。……けどこの世界(・・・・)じゃこう言うだろう? 『ペンは剣よりも強し』ってなぁ……」


 絡みつくように言った彼の手には、一本の筆がにぎられていた。

 片手で持つぶんにはやや持て余し気味で、文字を描くには不自由するような、大きく太く、そして鋼鉄質な外皮を持つ、筆。


 そこの頭部の穴に黒色の『駒鍵』を差し込み、ねじ回すと、


《Colorful Market……Take the field……Bishop》


 ……自分のそれとよく似た、機械の声が低く囁かれる。


「『ターミナル』……ッ、それに、時州瑠衣の『駒』のコピーか」


 忌々しげにそのデバイスの名を口にすると、心外とばかりにハジメは眉をひそめた。


「べつにお前が技術を盗んだからってお前の専売特許ってわけでもないだろ? 当然、確保した新田の『駒』のデータも採取ずみってわけさ。ポーン、ナイト、ビショップ、クイーン、キング、そして『コモン・キー』のルーク。こっちはみーんな揃えちゃったってわけ。……それを元手におれたちの『真の王』が、いずれ目覚める……そして、」


 真の王、という言葉には興味があったが、間違いなく今目の前の男が陶酔しているこの瞬間が、隙だった。


「ッ!」

《Check! King!》


 みずからが元々所持していた、黒い王駒を錠前へと差し込み回す。


「あ、おいっ! こっから良いところなのにっ」


 我にかえって止めるハジメの制止は聞かなかった。『忍者王』から伸びた影は伸びてふくらみ分裂し、彼の姿そのものとなった。


 そして十体に増えた忍者が彼の間をすり抜け、大通りへと躍り出たのだった。

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