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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第五話:忍冬 ~ある愛のおわり~
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(8)

 新田前が捕らえられて縛られて、二度目の朝を迎えた。

 似たような姿勢でいることが窮屈で、身体の姿勢を何度か入れ替えたものの、脱出の糸口にはならなかった。


 そのうち疲れ果てて、横になって眠ってしまった。

 というよりも、憔悴のあまり気絶した、と言ったほうが正しいのかもしれない。


 パチリと開いた目に飛び込んできたのは、


「おはよう」


 ……薄汚れて横たわる、ウサギの人形。

 札束をくわえて倒れ伏したままの『忍者王』。

 散々な有様の安ホテルの内装。


 それらが、なにひとつとして事態が解決していないことを教えてくれた。


 肩で床を押すようにして起き上がったゼンは、あらためて壁に開いた穴を見た。

 いかにゼンが細身といっても、通れるほどの幅はない。割れた窓ガラス……とそこまで見て、拘束されたままに下りられる高さではないことを思った。


 その割れガラスを利用してバンドを切断してみるか、とも考えた。

 だが、どうにも特殊な合成素材をもちいているらしく、いくら往復させても一ミリ程度の切れ目も作れない。

 『吉良会』は悪し様にいえば暴力行為をおこなう犯罪者グループだ。その程度の拘束具程度ならかんたんに用立てることができるとみえる。


 そしてそのどれもが、昨晩のうちに考え、諦めたアイデアだと気づく。

 ――こうしている間にも、桂騎は……

 自分たちのポジションと入れ替わっているだろうあの女を、今まで戦ってきた親友と信じ、自分に見せたような朗らかな笑顔でも向けているのだろう。

 ……自分がいずれ、処分される存在だとも教えられることなく。


 胸がギリギリと締め付けられるようだった。

 これはきっと、友が命を危険にさらされているという、焦りだろう。


 ――焦り、うん、そうだ。焦燥以外にない。断じてっ。


 何か桂騎習玄も画策していたようだったが、彼の命が風前の灯火ということにかわりはない。

 自分の身はどうなっても良いが、あの少年の一助を与えなくてはならない。


「どうしたもんかね」

「……いや、あんたも考えろよ」


 まるで他人事の時州瑠衣を、すかさず糾弾する。

 四六時中傍らでこんなのの相手をしていて、桂騎はよく精神が保てるものだと、我が身が同じ立場にあってようやく感心した。


「まぁ、仮にここを強行突破したところで人通りのすくない山岳部。ヒッチハイクをつかまえるより、あのおっかない弓で頭吹っ飛ばされる可能性のほうが高いぞ」

「じゃあ、どうするんだよ。それ以外の方法でも考えるか?」


 ふむ、と瑠衣は必要もない呼吸をひとつ、ぐるりと長耳のついた頭をめぐらせた。


「実は我が旧師、九連院(くれんいん)(まい)は、ヤツの主が死に、その名を変える前、ある国でブレーンをしていた」

「は?」

「もっとも、術者としても兵法家としても、策士としても外交官としても、ヤツの生きた無限にちかい時間を鑑みればド三流もいいところだ。が、わたしがあの女から多少の軍略を聞きかじったのは事実さ」

「あー! まどろっこしいっ。で、そのお師匠様はこんな状況下をどう打開しろって?」

「敵の敵を味方とすることだ」


 は、と思わず呼気が漏れた。

 それは至極ありふれた方策で、だが今まで、状況や事情が入り交じり混乱しきっていた脳には決して

 

「味方が身動きがとれない以上、第三の人物に依頼し、この状況をどうにかしてもらうほかあるまい。そうだな、たとえば葉月幽の動向によって不利益をこうむる人物、あるいは……一方的に利用されて札束を口にねじ込まれ、這いつくばって怒り心頭の、『忍者王』」


 あまりに具体的な人物像に、ゼンは呆れ、閉口した。

 だがそんな彼の焦りと同時に、ぷっと吐き出す音がする。

 諭吉の書かれた紙幣がバラバラと、カーペットの上に散らばった。


「やはり、起きていたな。まぁ一日以上寝ていれば当たり前か」

「くだらぬ茶番で、目が醒めた……」


 正体を取り戻し、起き上がった『忍者王』こと、牧島無量。

 どの段階で覚醒していたかは聞いても答えてはくれないだろうが、異常な姿勢のまま微動だにしないのは、流石と言うべきか。


「貴様らに手を貸せだと……笑止なっ!」

「いちおうこれは正式な依頼なのだがね。ヤツらとの契約は切れたのだろう? 次に我々が君を雇っても、背信にはなるまい?」

「そんなことを言っているのではないっ」


 正論による瑠衣の説得にも、彼はうなずくことはしなかった。


「何が哀しくて虜囚のおつかいなどせねばならんのだ? 我こそは『忍者王』。連中や里の有象無象が我の技量を認めずとも、いつかは必ず、この才を奇貨と見出し掘り当ててくれる人物が」

「まだ、そんなことを……」


 ゼンは舌打ちとともにつぶやき、目をそらした。

 姿形こそ違えど、習玄と出会う前の自分自身が、そこにはいた。


 自分で口にして、思い、なおさら怒りがかき立てられる。

 鬱屈した感情も手伝って、ゼンは足音をことさらにおおきく立てて、起き上がった。



「まだそんな寝言ほざいてんのか、アンタはっ!!」



 手は拘束されたまま、不意の怒号にひるんだ男に、少年は詰め寄った。


「いい加減自分でもわかってんだろっ、アンタに恵まれた才能なんてないんだよ! 偉ぶるだけの力量もなきゃ、改善する努力さえもしちゃいないっ!」


 見開いたその目に、みずからの姿を映し込む。


「そんなだから、アンタは組織(さと)から出ることもできなかったんだ! こんなザマで出ればそのうち死ぬっ! だからずっと守られてたんだよ!」


 束の間に垣間見た、牧島の記憶がフラッシュバックする。

 老師の心配そうな顔。回想の中でさえそう映るということは間違いなく、それは牧島も認識していることだろう。

 だが、この男は気遣う他人から目をそらし、自分からも逃避した。


 ――そんな風に想ってくれる相手がいるってだけで、どんなに幸福なことか……っ。

 それが、この男と自分とを、分かつ線だとゼンは思う。

 自分には、ちゃんと見てくれる相手は習玄に出会うまでにいなかったのだから。


「黙れ、黙れぇっ!」


 三十を過ぎたであろう男が、飛びかかる。

 それをかわし、くるりと身を翻していなし、腰をねじって脚を叩き込む。


 葉月幽の拳は、ゼンが思っていた以上にダメージが大きかったのかもしれない。

 動きはどこか緩慢かつ単純で、化粧台に身体が当たった瞬間、ひくい悲鳴が男の口端から漏れた。


 それでも、同情をする気にもなれない。

 それでも……


「それでも、そんなアンタの力でも、オレたちには必要だ」


 かつて習玄に言われたことを、今度はそれを必要としているはずの男へ、投げかけた。

 まるでプロポーズのようにまっすぐ言われたあの時のこみ上げるような嬉しさを、共有しようとは思わない。

 だが、心動かすきっかけにはなるはずだ。



「ああだこうだゴネる前に、まずは必要としている相手に、必要とされるだけの仕事をしてみせろ。それがプロってもんだろ」

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