(7)
銃把を握り、頬骨に銃の横腹を添える。
猛禽を思わせる、鋭く引きしぼられた眼光は、普段温厚な好青年からは想像もつかない。
まぎれもなく、射手の目つきだった。
その目力とは対象に、手には必要最低限の握力しか込められておらず、余計な気負いを感じさせない。
固唾を呑んで見守る衆人たちの環視を、彼は緊張することなく風に流している。
引き金にかけた指が微妙に動くたびに、まわりから息を嚥下する音が聞こえてくるようだった。
引き金を、ぐっと引く。
バネが弾丸を押し出す。
円柱状の廃材の塊は螺旋をえがいてまっすぐに飛び、壇上で直立した対象の頭部を、華麗に撃ち抜いた。
倒れたそれを、おおきな手が拾い上げる。逆の手が、ガランガランとベルを打ち鳴らす。
「大当たりぃ! お客さん、十発中七発命中です」
クジ引きじゃないんだから、と桂騎習玄は苦笑いした。
『聖夜祭』一日目も、正午。
二日目の夕方あたりから大半のブースは撤収、片付けをしてしまうから、総合的な時間で言えばもう半ばを過ぎたあたりだろう。
手にしたコルク銃を係員の生徒に返却すると、ちょっとした歓声が周囲でひしめいた。
「すっご〜い、桂騎クン、なんでもできるんだねぇ」
後ろでひかえていた忍森冬花が、手のひらを重ねて上目遣いに習玄へすり寄った。
手放しの賛辞、満面の笑みなのに、どこかあざとく、わざとらしく、かつ心を許せない。
「器用貧乏なだけです。それに、反動もないし弾もまっすぐ飛びますし、むしろ外したぐらいですよ。火縄銃ならもっと外れますって」
「火縄銃て……マァ鉄砲名人でも、あれは三割がせいぜいって聞いたしなぁ」
しかし端から見れば健全なカップルに見えるのだろうか?
いや……なんかそれはイヤだな。
という思いが、身体の芯で訴えている。
……【この一ヶ月以上、ともに戦った友人】であるはずなのに。
「しかしよく獲ったねぇ……賞品とは名ばかりの廃品を」
ソフビの特撮人形や、クレーンゲームの景品と思われるぬいぐるみや美少女フィギュア。それに駄菓子類。
それらを余った紙袋に詰めてもらってから、ふたりは『サバゲ部』なるそのブースを後にした。
この学校の部活動の成り立ちとして、まず新興の部としてギターやドラムを鳴らす軽音部、漫研やそれに類する同好会ができた。
それから茶道部に娯楽やサボり目的の新入部員が大量に入り、新体操部や吹奏楽部が隆盛を見せ、しばらくしてから今のサバゲ部やスクールアイドル活動部、動画投稿部などが出現したらしい。
「いやはやなんとも、運営にせよ生徒側にせよ、節操がなく、移り気なものだな。そのフットワークの軽さは、嫌いではないがね」
と、誰かが学校の資料を見ながらぼやいたことがある。
… …その【誰か】が、思い出せずにいる。
さっきの射的で人形類を撃ち当てた時、
「あのひとが喜びそうだな」
とおなじ人物を思い浮かべたはずだ。
にも関わらず、その名前も、顔形も思い出せずに次の瞬間には消えていた。
なにかが変だ……昨日から、ずっと違和感がつきまとっている。
その原因を追求するのを妨げるように、「ねぇ」と前から声が聞こえる。
気がつけば冬花が目の前に回り込んでいて、
「人通りが多くてやだねェ。……ね、ちょっといいとこでお休みしない?」
□■□■
年不相応に艶然とした調子で少女にまねかれたのは、学校の屋上だった。
「なぁに? 性的な意味でくつろげる場所だと思った?」
からかうような調子で言った冬花に、ただただ苦笑でかえす。
慣れ親しんだ場所だった。
学校からは立ち入りを制限されているが、その禁をやぶってでも見る価値のある景色だ。
特に、抜けるような青空と、オレンジ色から群青色に変わり、街の灯りがポツポツとつき始める夕焼け。そのふたつが好きだった。
もっとも、今はちょうどその中間だが。
風にまぎれて、剣戟の幻聴が聞こえてくる。
平日の昼休みなどは、ここでよく【彼女】と模擬戦をしていた。
小柄な冬花は敏捷で、彼女の『クイーン』から生まれる比礼はフワフワとしていてこちらの刺突を巧みに受け流す。
つかみどころや、実感がまるで感じられない。
――本当にそうか? ひょっとしたら、実感が感じられないんじゃなくそれは……
地面に残った跡をじっと見下ろしながら、習玄はいぶかしんだ。
黒い線状の痕跡は、二種類ある。
それをつけた道具の厚みはそれぞれ同じぐらいだろうが、幅や力の入れ具合は微妙に異なっている。
習玄は顔を上げて、彼女に視点を定めた。
フェンス越しに桜の林を見つめた彼女に、
「そう言えば聞いた記憶がないんですが、桜、好きなんですか」
と尋ねる。
「嫌いだねぇ。大っ嫌いだよ」
かえってきたのは、意外な答えだった。
伸ばしかけの髪をかきあげる少女の手元に、紅玉の光が宿っている。
椿の装飾のはいった髪飾り。本来はもっとかんざしのような、清楚で古風なものだったのかもしれない。
装飾は精妙で、和テイストっぽい。
「キミは桜の花、好きっぽいよねェ。散る花の美しさ、的な?」
「好きではありますが……理由は散るからじゃないですね。咲かせるからです。変わることなく」
少女の隣に並び立ちながら、習玄はハッキリと答えた。
「春に咲かせ、夏に繁らせ、秋に実らせ冬にたくわえ、それぞれの季節に、命とつとめを全うする。次の桜花を咲かせるために。ただ美しい花を咲かせるためだけでなく、その在りようが、死に様ではなく生き様こそが人を惹き付ける、と俺は思います」
「……それ、桜じゃなくても良くない?」
「それを言ったら散る花だって桜じゃなくたって良い」
「たしかに」
忍森冬花は笑って肩をすくめた。
道化じみたその動き、挑発的な言動、どこかあやふやで矛盾に満ちた、【彼女とのなれそめ】。
そのことごとくに信が置けず、また自分はそんな相手に一ヶ月以上背中をあずけるだろうか、と疑問を抱く。
――それでも。
「それでも、次に咲かせる花があるから、桜は嫌いだねぇ」
不信まみれの彼女の横顔は、嫌いにはなれなかった。
……同じようなタイプの、【どこかのだれか】とは違って。




