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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第五話:忍冬 ~ある愛のおわり~
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(3)

「牧島クーン、これはどういうことかなァ?」


 最初、忍森冬花は葉月幽とは視線を合わせなかった。

 その背後から伸びる影、そこへと粘着質な声を投げかける。それに反応するかのように、牧島無量……自分たちが討ちもらした『忍者王』が現れた。


 目元はこれまで何度も見る機会はあったが、素顔を目にするのはこれがはじめてだった。

 それなりに精悍な顔立ちをしているものの、王の貫禄とはほど遠い、中年男性の一般的なものだろう。

 狂騒の気配は感じられない。黒い鏃の効果はその消滅とともに消え失せたのだろう。ゼンとおなじように。


 気まずげに目をそらすが、その程度で執拗な冬花の追及が終わることはないだろう。

 案の定、なおイヤミを重ねて来る。


「せっかく助けてやったってのに、番犬の真似事ひとつマトモに出来ないのぉー?」

「雇ったのは我々『流天組(りゅうてんぐみ)』だ。貸した番犬が飼い主に噛みつくほうがアウトだろうよ」


 そこに口を挟んだのは葉月だった。彼女が一言発するたびに、室内の空気が冷えて揺さぶられるように思われた。


 その茶々を合図にやってきたのは、二十そこそこの青年だった。が、こっちは妙に浮ついているというか、その手足と表情の落ちつかなさは、いかにも小物くさい。

 だが、どことなくまとっている気配は葉月幽に似たものを感じる。


「……『流天組』、だと?」

 その名に反応した瑠衣に、声をひそめ、身を寄せて、ゼンは説明した。

「あぁ。『吉良会』直系。創設当時のメンバーで構成されているとさえウワサされる、最古参の集団だ。……だけど、あんな葉月幽(バケモノ)がその一員とは思わなかった」

「はあぁん、なるほどな。過去の栄華にとらわれた、亡霊どものあつまりか。……どうりで、『あの人』とおなじ匂いがすると思った」


 最古参の集団、としか言っていないのにずいぶん悪意的な解釈だと思う。

 あるいは自分が説明するまでもなく、彼女らについて何か知っているのか、とも思ったが、それはそれとして冬花たちの話し合い、もとい腹の探り合いは継続中だった。それに耳を傾け、敵の正体の情報を少しでも取り入れなければならなかった。


「あれ? 使い捨てたんじゃなかったっけ?」

「あぁ。今日で捨てるが、それまでは契約は履行中だ」

「ちょっと待て!」


 と、彼らの会話を制止していたのは、当事者でありながらカヤの外に追いやられていた『忍者王』だった。

 『ターミナル』で力任せに壁を殴りつけ、怒りをあらわに葉月に詰め寄る。

「報酬はどうなった!? 我らは『歩兵』の駒とドライバーを奪取したぞ!」

「それが?」

「忘れたのか!? 『吉良会』に招聘するという約束はどうした!? そのために我は……っ」


 どさり、と。

 着物の上から羽織った分厚いコートのポケットから、取り出したものを、無造作に葉月は床へと投げた。

 二百万単位の札束。


「それをくれてやるから、とっとと失せろ。……どうした、拾えよ? 礼を言えよ、ホラ」


 自分で自由にできる金を持たないゼンにとってはそれは、たいそうな金額に見えた。

 フリーランスとはいえクセが多い牧島無量にとっても、無視できる代物でもないだろう。


 ――だが……

 これ以上の、屈辱もないだろう。

 みずからの働きに見合う報酬は、たかだかサラリーマンの年収程度で、しかもそれを犬のように這いつくばり、礼を言えと女は嘲った。


「キサマァ!」


 肩をいからせ飛びかかった『忍者王』を、葉月幽は事も無げにいなした。脇へとすり抜け拳を軽く当てただけ。その一発のみで、部屋の奥へと激突させられた。

 部屋がおおきく傾いたようだった。窓はその衝撃ですべて割れた。


 牧島の技に、衰えや、油断があったとはゼンには思えなかった。

 怒りに駆られていたとしても、威力速度ともに十全な、最前の奇襲であったように思える。


 ……それでも、葉月幽にとってはそれは児戯にひとしいものであったのか。

 『忍者王』の突撃は、彼女に汗ひとつかかせなかった。


 昏倒した『忍者王』の腹を靴底で踏みにじりながら、ぽかりと開いたその口に、葉月は丸めた札束を強引にねじ込んだ。


「犬は犬らしく、ってか」

 と、彼女が引き連れた男がせせら笑う。

 それに同調するどころか反応さえせず、無表情に、無機質に葉月は吐き捨てた。


「お前みたいなザコを、ワタシたちの『流天組』に入れろだと? ふざけるのもたいがいにしろ。……人も文化も、経年劣化するもんだな。どの世界でも。なぁ?」


 ……ゼンたちの方角を、まっすぐに見据えながら。

 プライドは人一倍なゼンでも、その挑発に乗って動くような愚はさすがに犯さない。

 実力差は、今目の前で見せてもらった片鱗だけで十分に理解できた。


「おいおい、わたしまで一緒くたにする気かね? この世紀の大天才、レオちゃんトキちゃんと肩を並べて写メ撮るレベルのこのわたしと、この新田を!」

「……アンタこの状況でよくそんなコメントかませるな」


 葉月は偉ぶる時州瑠衣の前に立った。たとえふざけたウサギ人形のナリであれ、さすがに『吉良会』幹部も一目置く存在ではあるらしい。


「時州瑠衣だな?」


 と、誰の名さえ呼ばなかった女が、名指しでウサギのフルネームを呼んだ。

 だが、その唇は皮肉げに歪められた。


「いいザマだ。あのクソアマの弟子と聞いてたが、やはり人の質は落ちてるな」

「冗談じゃない。貴方の言うそのクソババアは、こっちから見限ってやったんだ。あの八尾比丘尼もどきより、霊力の質量ともにこっちが上さ。貴方がたの主人の才能も、推して知るべし凡夫だったことだろうよ」

「……吹くなよ時州。今のお前になにができる?」


 直接の知り合いではなさそうではあったものの、おたがい知られたくない秘密をそれぞれに掴んでいるようでもあった。

 時州は表情こそ変化させないものの、不穏な空気をどことなく醸し出している。

 その人形が『ヤツの主人』を罵った瞬間、葉月の顔の目元から下が一瞬、おおきく歪められた。


「そもそもお前、自分で理解してるよな?」


 やがてその歪みは目から口へ、激しい憎悪から酷薄な冷笑に移り、無表情なウサギへまっすぐに向けられた。



「その命、もう半月と保たないだろ」

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