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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第五話:忍冬 ~ある愛のおわり~
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(1)

 はじまりは、施設内の中庭亜にそびえた、春の桜の樹。

 はじまりは、桜の樹に引っかかった赤い髪飾り。たしか牡丹。

 底抜けに青い空。


 そして、自分自身の泣き声と、

「どうしたの?」

 という、あどけない男の子の問う声だった。

 振り返れば、十歳そこそこの、女と間違えるほどに愛くるしい顔つきの少年がいた。

 『吉良会』の訓練生、そのまた新入りだろう。

 でなければ、こんなイキイキとした目はしているものか。


「おかあさんのかみかざり、あんなところまで持ってかれちゃった」


 イジメっ子たちがイタズラがわりにそうしたのだ、と泣きながら告げると

「大事なものなんだ?」

 と無垢にたずねる少年に、自分はコクンとうなずいた。


「そっか……おかあさんのもの、だもんね。そりゃあ大事か」

 と呟いた彼の横顔はどことなく寂しそうで、辛そうで、その顔立ちに一層切れるような美しさが焼き込まれるようだった。


「じゃあ、ボクがとってきてあげる!」

 そう、屈託ない笑顔で返した。


 敏捷な身のこなしでよじのぼると、

「ほらっ」

 と目当ての髪飾りを投げ渡す。


 それを受け取った少女の手は、ますます母の形見がウェイトを増したような気がした。大事にしたい、という思いが強まった気がした。


 ただ、それだけでよかった。

 そこまでは、良かったはずだった。


 胸に芽生えたその思いとともに、彼も、自分もそこからもっと、もっと……


「あの、桜の少年」


 彼女の胸の暖かさは、背から浴びせられた冷えた声が一瞬で奪われた。

 もっとも彼女の背後、廊下から少年を見つめる白髪の老人は、彼女には気づかず傍らの秘書に声をかけたようだったが。


「新入りかね? 高坂くん」

「は、たしか名は新田前……」

「あー、名などどうでも良い。あれ、あの肌は美しい。今夜わしの下へ呼べ。良いな」


 その会話を耳にした少女は、自らの恋は今この瞬間に終わったことを知った。

 そして、少年の地獄の苦行と、彼に対する自身の贖罪がはじまったことを、幼心ながらに悟ったのだった。


 今日にいたるまで、この一連の、罪と想いへの清算が、彼女にとってのすべてだった。

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