(1)
はじまりは、施設内の中庭亜にそびえた、春の桜の樹。
はじまりは、桜の樹に引っかかった赤い髪飾り。たしか牡丹。
底抜けに青い空。
そして、自分自身の泣き声と、
「どうしたの?」
という、あどけない男の子の問う声だった。
振り返れば、十歳そこそこの、女と間違えるほどに愛くるしい顔つきの少年がいた。
『吉良会』の訓練生、そのまた新入りだろう。
でなければ、こんなイキイキとした目はしているものか。
「おかあさんのかみかざり、あんなところまで持ってかれちゃった」
イジメっ子たちがイタズラがわりにそうしたのだ、と泣きながら告げると
「大事なものなんだ?」
と無垢にたずねる少年に、自分はコクンとうなずいた。
「そっか……おかあさんのもの、だもんね。そりゃあ大事か」
と呟いた彼の横顔はどことなく寂しそうで、辛そうで、その顔立ちに一層切れるような美しさが焼き込まれるようだった。
「じゃあ、ボクがとってきてあげる!」
そう、屈託ない笑顔で返した。
敏捷な身のこなしでよじのぼると、
「ほらっ」
と目当ての髪飾りを投げ渡す。
それを受け取った少女の手は、ますます母の形見がウェイトを増したような気がした。大事にしたい、という思いが強まった気がした。
ただ、それだけでよかった。
そこまでは、良かったはずだった。
胸に芽生えたその思いとともに、彼も、自分もそこからもっと、もっと……
「あの、桜の少年」
彼女の胸の暖かさは、背から浴びせられた冷えた声が一瞬で奪われた。
もっとも彼女の背後、廊下から少年を見つめる白髪の老人は、彼女には気づかず傍らの秘書に声をかけたようだったが。
「新入りかね? 高坂くん」
「は、たしか名は新田前……」
「あー、名などどうでも良い。あれ、あの肌は美しい。今夜わしの下へ呼べ。良いな」
その会話を耳にした少女は、自らの恋は今この瞬間に終わったことを知った。
そして、少年の地獄の苦行と、彼に対する自身の贖罪がはじまったことを、幼心ながらに悟ったのだった。
今日にいたるまで、この一連の、罪と想いへの清算が、彼女にとってのすべてだった。




