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(6)

 履き直した革靴の重さが、現実に立ち返らせてくれる。


「律儀な男だな。あれだけ大暴れしたのに、出る時は玄関口か」


 胸ポケットのウサギが言った。

 平坦な声で無表情で言うものだから、皮肉で言っているのか、それともマジメに感心しているのか、判別がつかない。


「……別に、好きで学び舎を荒らしたわけではないですけど」

「まぁ良いさ。学校側に承諾は得ている。適当にもみ消してくれるだろう」

「はぁ、そう言われるのなら、処理はお任せします」


 餅は餅屋、と心の中で呟いて習玄は解除した『武具』を手の中で弄ぶ。


 ――『ルーク・ドライバー』とか言ったか。この錠前は。


 鍵を槍へと変じさせたそれは、今は役目を終えて眠りについたように、沈黙している。

 その硬い手触りが、さっきまでの戦いが夢ではないことを教えてくれる。


 ――色々な意味で、夢想で終わらせて良いものでもないな、これは。

 この時点ではまだ何も分からないままだ。それでも、既に自分の中である覚悟は定まっていた。

 そんな習玄に切り出すタイミングでも見計らっていたかのように、


「それはそれとしてだ。勇敢なカツラキ君にちょっとお願いがある」


 とウサギは言った。

 だが、それ以上の言葉が続くことはなかった。


「ん」とおもむろに持ち上げられたプラスチックの目。その先に、校門がある。

 さらに向こう、外界の電柱にぽつんと浮かび上がる黒い影があった。


「……女の子?」

 と習玄が呟いたのは、まずその容姿からだった。

 空気を含んだ、柔らかい琥珀の髪。幼い顔立ち。華奢で小柄な身体つきを、やや大きめのダッフルコートにくるんでいた。

 甘やかな全体の雰囲気の中、目だけが冷たく険しい。

 わずらわしげに歪められたそれが、はっきりこちらを見返しているのが見て取れる。


「……いやー、実はあれ、男なんだよ。今流行の男の娘ってヤツさ」


 え? と習玄は声だけで反応した。

 風吹けば折れそうな細腰には、自分が手にしているそれと同型のものが取り付けられていた。


 ――とすれば、なるほど味方か。

 そう習玄が納得したのも束の間、


「そのドライバー、どこで手に入れた?」


 容姿に見合った、甘さを含んだ高音が、明確な敵意を帯びて夜空に響く。

 答える間も、問い返す間もなかった。『彼』の左手には、十数分前の習玄と同じように、駒が握られている。


 髪色と同じ鈍い黄金の輝き。そして球体の頭部を持つ『歩兵』の駒。


 それを左腰の錠前にねじ込み回す。


《Check! Pawn!》


 金色の度合いを増した駒が射出され、燐光に包まれたそれを顔の前で握りしめる。


 薄れゆく光を振りほどくように、実態を得た『鍵』を一振り。

 短い得物を握りしめ、ダン、と強く一歩を踏み込む。


 ――え?


 気を抜いていたわけがない。脅威が去ったと安心に浸れる気分でもなかった。まして、こうもあからさまに敵対の意志をぶつけられては。


 それでも彼は、次の瞬間、至近にいた。


 10メートル以上離れた場所から、その過程をすっ飛ばしたように、鋭く切り込むようにして懐に飛び込んでいる。

 その手の先で、殺意が黄金の姿をして閃いていた。


 驚愕はなかった。ただ漠然と死を受け入れるだけの虚無が、習玄の胸の中を空けていた。


 少年の手の中にある仏具……独鈷杵(とっこしょ)が、習玄の喉元目掛けて突き出された。




第一話:将星の一番槍……END

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