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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第四話:鏡塔忍法帖 ~彼女は如何にして漁夫の利を得たか?~
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(21)

 もうもうと黒煙が立ちのぼり、朽ちた木の葉が火花によって消し炭になっていた。


「よっ、と」

 かけ声とともに、桂騎習玄は『狙撃』をおこなった右手の廊下から、ゼンたちのいる中央の廊下へと飛び移った。

 『ターミナル』が牧島の手をはなれて機能を停止し、習玄の足下に転がっている。

 ゼンがそれを拾い上げてみると、意外な重量を感じさせた。


「そもそもそれは、『ナイト』への適正を考慮し、破壊力を重点に置いた設計のようだな。牧島本人にとっても、『キング』の駒にとっても、相性の悪いものをわざと手渡したようだな、葉月とやらは」


 瑠衣の声を適当に聞き流し、その手応えを確かめてから、ゼンは辺りを見渡した。

 破壊された電灯からバチバチと電気が飛び散る。地面は衝撃でえぐれ、学生たちの作った一帯のポップは軒並み破壊されていた。

 一瞬の爽快感と、勝利の余韻と引き替えに、多少の後味の悪さはのこった。


 それに、とゼン苦そうな顔で黒煙へと視線を送った。


「……なんとか、勝てたは良いけどさ。生きてるのか? アレ」


 未だ根強くのこる黒煙の中、濃紺の装束に身をまとった男がうつぶせに倒れている。

 ゼンは、おそるおそる近寄っていこうとした。


「……っ! 危ないって!」


 そう声を張り上げたのは、習玄ではなかった。それでも、異変と自身のうかつさはゼンも瞬時に悟っていた。

 牧島の背を突き破って現れたのは、鎖のような植物のツタだった。

 枯れた色をしていながら丈夫に絡み合い、腐った紫陽花の花をその上に無数に咲かせ、鬼灯に似た実が重しとなってゼンへと伸びて飛びかかってくる。


 だが、その根ゼンをかばい前に立った少女の腕と首根を絡めとった。


 さきほどゼンに注意した声の持ち主……忍森冬花が、新田前をかばっていた。

 それは、新田前の理解を超える光景でもあった。


「おのれぇぇ……! ならば、そこな裏切り者を巻き添えにしてくれるゥゥウゥ……ッ!」


 発声どころか呼吸すら怪しい姿勢だというのに、牧島無量の怨嗟の念が響き渡った。

 薄れ行くはずだった黒煙は、紫陽花から発せられる霧状の何かと交わり、その濃度をますます深めた。


「まずいぞ、変質がはじまった」


 瑠衣に忠告されるまでもなく、異変は目に見えてあきらかだった。

 バケモノになりつつある自身の肉体もろともに、牧島は少女を異界へ引きずり込もうとする。


「っ!?」


 予想外の力に、冬花の顔に常のような余裕はなかった。

 白い歯が、苦悶にがちがちとかち合い鳴り合う。


「っ……新田くん! 桂騎くん! はやくっ」


 社の方陣がその周囲に展開し、動きを鈍磨させたが完全に停止させることはできない。

 次いで、ゼンが駆け出した。ツタをつかみ、独鈷杵の刃を当てて断ち切ろうとする。

 踵を立てて爪先を持ち上げ、さながら綱引きのように少女を引き上げようとしていた。


「ヤツが完全に取り込まれた瞬間をねらって、切り離せ」

 というウサギの指示に従って習玄が動く。


《Checkmate! Knight!》


 という音声とともに銀光を帯びた一斬が、紫陽花に呑まれた牧島の肉体、その外皮を切り裂いた。

 異形の植物の裂け目に手を突っ込んだ彼は、牧島無量をつかんで引きずり出した。


 植物の拘束の外へと放り出された『忍者王』の身体は、勢い余ってゼンの痩躯に激突した。

 ゼンの手放したツタは少女を手放し、龍脈への入り口とともに虚空にかき消える。


 汚染された龍脈の残滓か。それとも共感する者同士として、感応したゆえか。

 この瞬間、ゼンの脳裏に、見慣れない光景が爆ぜた。


 自分の記憶にはない、記憶。

 白昼夢のように、視覚情報は断片的だった。はっきり認識できるのは、畳のうえで口論するふたりの男の姿と、声。

 低い男の胴間声と、それよりもっと歳をかさねた老人の声。



「頭領っ、なぜ……今回の仕事もまた社なのですかっ! 私では不服と!?」

「そうではない……そうではないのだ。お前がいるからこそ、里に敵する勢力どもの抑えとなる」

「敵とはなんなのですかっ、そんなものずっと見たことがないっ、そういう場に居合わせたおぼえもないっ! 三十歳なった今でもなっ! 姿の見えない相手におびえ、我らが才能を隠して忍ぶことに、なんの意味があるっ!?」

「お前は焦りすぎだ。頭で考えるな、心の眼で見るのだ。みずからが必要だと思われている時を、魂で感じとるのだ。いずれ、その時敵もはっきりと見えてこよう」

「………なるほど、おっしゃるとおりですなっ。その心眼とやらで、よく見えております。我が才をねたむ愚かな連中こそが我が敵であるっ!」


 途方もない口論の背景に、かかった一枚の掛け軸。

 そこに肉厚の筆で書かれた「忍」も一字が、かすれて見えた。



 新田前は、ゆっくりと瞼を開いた。

 我に返ればすべてが終わっていて、取り残されたのは自分自身だ。


「すまん、大丈夫だったか?」


 桂騎習玄が手を差し伸べ、ゼンは憔悴を笑みで隠してその手をとった。

 そして、足下に転がる牧島無量を見下ろして、


「……ほんとうに、似ているよ。アンタは」


 苦みを込めて、そう自嘲した。

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