(19)
《Checkmate! Pown!》
新田前の肉体を包んだ黄金の光線が、直角に軌道をえがきながら、せまい廊下を埋め尽くす。
それに貫かれた二、三体の忍が炎の花を咲かせて散った。
だが、その爆炎を刈り取るかのように、旋回した巨大手裏剣が真一文字にゼンと社のふたりに向かってきた。
「ぐっ!」
防御能力のない社をかばうかたちで、ゼンは独鈷杵でそれを食い止めた。
ぎちぎちと金属が絡み合い、その度に不愉快な共鳴音が鳴り、ちいさな火花が散った。
「どうした! この程度かぁ!?」
牧島無量が遠くで吠える。
彼を取り巻く忍の集団十数名、彼らの護衛と挺身によって、牧島はゼンの攻撃の射程圏外に在った。
――こいつら、硬くなっている。
それに数自体も増えている。
自分の仕入れた情報がもはや古いものだと、実際に戦ってようやくわかった。
――桂騎の『ナイト』ほどの破壊力なら、それでも一掃できるんだろうけど……
いや、だからこそ、牧島の警戒を解くためにも一度戦力を分散しなければならなかった。
そのうえで退きながら戦うのだ。苦戦するのもムリらしからぬこと、だと思いたいところ。
「新田くん!」
「気にするなっ、アンタはさっさと左の道に行け!」
させるか、と言わんばかりにペン状の尖った投擲武器……棒手裏剣が投げつけられる。
「ッ!」
《Checkmate! Pown!》
腰の脇にある鍵穴に独鈷杵の刃先を差し込み回す。
金色の閃光に包まれたゼンは、廊下の限られた空間を縦横無尽に暴れ回った。
だが時間を置かず、チャージは不十分。威力の弱まった必殺技は、矢次ぎ早に投げつけられる鉄器を弾き跳ばすのがせいぜいだ。
三叉路までは二メートル足らず。
だがうかつに『初歩跳躍』を用いれば、逃げる社の背に敵の追い討ちが直撃する。
無数の飛び道具が自分たちを狙う中でしんがりを務めたうえで、その距離だ。
――果てしなく遠い。
歯噛みしてその場に踏みとどまる少年の痩躯に、鉄の斉射が注がれる。
「見てらんないねぇ」
だが、そのゼンの顔の両脇から、蛇のようなものが伸びて鉄器を弾き飛ばした。その先端が勢いよく左右に暴れまくる。
忍者の首筋に絡みついて壁へ投げとばし、槍のように尖って腹を射抜く。
敵が遠巻きになっていくのを確認し、ゼンは背後を振り返った。
蠱惑的な笑みを薄く貼り付けた美少女が、腕組みし、三叉路を背にして立っている。
両肩に打ちかけた比礼の一部が、不自然に伸びたもの。それが敵を蹴散らしたモノの正体だった。
スルスルと退き縮み、ゼンの肩を滑車代わりに少女……忍森冬花の下へと、元の尺へと戻っていく。
次にゼンの口から漏れたのは、感謝の言葉でなく、
「……なんで、持ち場を離れた?」
という悪態だった。
「前進守備ってヤツだよ」
冬花は答えた。
彼女の『駒』の実態をきちんと見るのは、これが初めてのような気がする。
赤と白とを基調とした、上衣は薄く、セーラー服が透けて見える。光の加減で、虹や玉虫のように、様々な彩りを浮かび上がらせる。
『女王』の駒は真紅のドライバーに挿しっぱなしとなっていて、習玄の朱槍やゼンの独鈷杵とちがい、武装であるはずの比礼から完全に分離している。これもゼンたちの知らないシステムだ。
「新田ちゃんこそ、こんなところで油売ってるわけにはいかないでしょ」
冬花の挑発が目前からぶつけられ、意識を引き戻す。
「早くー!」とその後ろで社が急かす。
「……背中から討つなよ」
冬花とのすれ違いざま、ゼンの吐き捨てた言葉に、悪意に満ちたせせら笑いが返ってくる。
「そんなコト心配してる場合じゃないでしょー? それに、ボクも興味出てきた。桂騎クンの作戦と……彼自身にねェ」
□■□■
桂騎習玄の作戦は、言葉にすれば簡潔なものだった。
わざと戦力を分散して敵を引きつける。
それぞれに敵を誘導して、クロスファイアポイントに。
そして最後に、敵が寄り固まったところに集中砲火を浴びせて、殲滅する。
忍者たちを一般生徒の退避した他のエリアへ散らさせない。
かつ逃げ足が速く、機を見るに敏、ともいうべき牧島無量を逃がすヒマを与えず倒す。
その二点の条件を満たした、よい作戦だとは思う。
――そう上手くいくか?
だが、これ以上に成功の可能性が高い策を、えがくことはできない。
最上ではないものの、最善の方策ではあった。
それに、とゼンは説明を受けた際の、相棒の横顔を思い浮かべた。
――危機的状況、ともすれば自分自身も命の危険にさらされかねないという最中に……
すごく、楽しそうに、笑っていた。
まるで、おのれの業の深さ自体をいとおしむかのように、それを体現する自身を、誇りに思うかのように。
あんなカオは、自分との打ち合いでも見たことがない。させられたことがない。
嫉妬が、胸をチクリと刺す。
痛みをおぼえた胸が、次の瞬間にはぎゅっと苦しくなる。
その苦しさが、ゼンに訴えてくるのだ。
――あいつは、放っておけないんだ……
と。
我ながら、考え事の多い日だ。
すべては、この難所を乗り越えなくてはならない。
数こそ減ったが冬花の妨害を振り切った異形の追跡者たちは、足音ひとつ立てずに彼らの背を狙い続けていた。
「見えましたっ、出口ですっ!」
先行していた社が、指を前方へと向ける。
三叉路がふたたび一本道へ交わるポイントが、そこにはあった。
ゼンは重くうなずいた。だが、次には顔を引き締めた。
『初歩跳躍』のスキルで彼女に追いつき、その肩を抱く。かるく悲鳴をあげる少女が元いた地点を、巨大手裏剣が、『ターミナル・High Glow』が抉り抜いた。
「やはり、この地点で仕掛ける気であったか」
低音の嘲笑が、手裏剣の切り裂いた天井から、廊下へと響き渡る。
濃紺の忍び装束に身をやつした男が、眼光をするどくさせて降り立った。
「バカめッ! 我らの足であれば、それより速く貴様らを囲めるわっ!」
主の言葉を証明するかのように、左右の道から、忍びの大軍が殺到する。




