(17)
気がつけば、『広報同好会』の部屋は新田前と九戸社のふたりだけになっていた。
忍森冬花の共闘の申し出をいったんは受け入れることにした彼らは、ちょっとした打ち合わせのうえ、それぞれに迎撃態勢を準備することになっていた。
言い出しっぺの冬花は『クイーン』の能力でもって一般の生徒や教師をフロアから追いやるよう操作する。
瑠衣は人避けの結界を強化するという。
この人形の移動を手助けする習玄は、その合間に警報等を鳴らしまくり、『ナイト』の障壁で階段等の出入り口を封鎖、侵入者を拒む。
この2グループは、斥候の意味合いもかねていた。
――だが、それでもヤツは間違いなく、ここに来る。
侵入経路が限られた中だろうと関係なく。
新田前は、それを直感していた。
そしてもっとも狙われやすい二名がその場で待機、という運びになった。
「……」
「……」
沈黙がつづいている。
桂騎習玄という共有の友人を持つふたりだったが、彼らの間ではほとんど面識がないどころか、一度は敵対した仲である。
社の愛玩動物が、時折そのむなしさを埋めるように、ちいさく鳴いている。
あとは、
「あの-、この間はごめんなさい」
「あぁ、あの夜の公園のことか? 気にするなよ。妨害したのはお互い様だ」
「いえ、メイド服の」
「それはマジで謝れ」
「あ、でもあれ結構人気で、よかったらウチの専属モデルに」
「謝れ」
「……申し訳ありませんデシタ」
といった感じで、単発的な会話がおこなわれるぐらいなものだった。
室外からは、人の気配と声が遠のいていた。
どうやら桂騎たちの誘導は功を奏しているらしい。
なかでも効果がありそうなのが人間の記憶や心理さえいじくれるという『クイーン』……忍森冬花だろう。忌々しいが、その重要性を認めざるをえない。
苦い顔で腕組みするゼンの傍らで、電子音が鳴り響いた。
見れば社のスマートフォンが、わずかな光と歌を発して震動している。
「あいつらから連絡か!?」
過剰に反応するゼンに、彼女は真顔で画面を見せた。
「地元の母ちゃ……ママからのメールです」
「…………」
「や、やだなぁー……怖いカオして。しょーがないじゃない、ですか」
と言い訳しつつ、社は携帯を手放さない。
妙にやさしい顔つきで、メールに対する返信を打って、送信ボタンをタップした。
その返信の長さに呆れるゼンの視線に気づいた少女は、はにかむように、
「いつまで経っても心配性なんだから。……まぁ、こんな任務についてるんだから、どうしようもない部分もあると思いますけど、ね?」
と言った。
だがゼンは、念押しされてもピンとこない。
むしろ、胸のムカつきは増した。黒く冷たいなにかが、腹の底を渦巻いているようだった。
「……オレに、心配してくれる親なんていない」
暗く重く、非難めいた告白は、少女から愛想笑いを奪うのに十分だった。
「で、でもほら、『吉良会』ではけっこう大切にされてたでしょ? だったら、もう家族っても過言じゃ」
「家族……家族だと!? あいつらがかッ!?」
そして余計な一言は、燃える怒りに油を差した。
「さっきの忍森冬花を見ただろ! あいつらがオレを心配してるように見えたか!? どいつもこいつもオレをなぶり者にして、笑いものにしてっ、余興代わりにヒトの人生ブチ壊しておいてッ! あんなヤツらにオレは愛されたってアンタそう言うのかッ! 桂騎だけだ! ちゃんと見てくれたのはっ! あいつだけが……っオレを……っ」
これ以上、なにを部外者に語ろうというのか。
それ以上、桂騎習玄を、自分を好きだといって友情を率直にしめしてくれた少年のことを語ろうとすると、胸がズキリと痛くなる。
自分はいま、彼をどう言おうとしていたのか。
ゼンは口をいましめ、制服の上着をぎゅっと押さえる。
「でも、きっと彼だけじゃないですよ」
「……は?」
あれだけ怒りをぶち当てられたにも関わらず、社はケロリとした顔つきで社は言った。
「いや、アタシもですね。里から出て、自活するようになって、やーっとわかったんですよね。ご飯炊いたり、洗濯したり書類準備したり……で、いま君たちに助けられて。親だけじゃない。もっと多くのヒトたちが、アタシの苦労をずっと肩代わりしてくれてたんだなー、って」
そんな一般論を、しみじみとした調子で振りかざす彼女に、ゼンは再度呆れた。
よほど感性がズレているのか。それとも……いま思い出したが……年長者であるからこその余裕か。
だが、それ以上なにかを言いつづける気は、喪わせられた。
ただゆっくりと、じんわりと頭を鈍痛が刺してくる。
耳の奥で、鼓膜がわずかに震動している。
――いや、これは耳鳴りじゃない。
なにかが風を切る音、迫る音。
やがて震えはゼンの耳だけでなく周囲の小物まで振るわせはじめ、飛来しつつあるものの大きさ、重さを教えてくれる。
「……来たか」
「来ましたね」
おたがいの認識をたしかめ合った刹那、示し合わしたわけでもなく、ゼンと社は部屋の隅へと飛んだ。
窓ガラスを破って、コンクリートの壁を切り裂いて、巨大な手裏剣が横薙ぎに部屋へと乱入した。
そのふたりの間隙を、通過する。ブーメランのように弧を描いて持ち主の手元へ舞い戻る。
それを予期していたからこそ、彼らは壁に張り付いたまま動かなかった。
十字手裏剣の中央をつかんだ男は、壁の裂け目に立ち、太陽を背にしている。
「報復に来たぞ……、新田前……っ!」
黒を基調とした装束をまとい、覆面の奥で目は血走っている。口元を多う布が、小刻みに落ち着きなく震えている。
その堂々たる進入ぶりは、『王』のそれではあっても決して『忍ぶ者』ではなかった。
男から伸びる影を避けるように、ゼンは半歩下がって黄金の鍵をひらめかせた。
――まぁそうさ、狙うよな。やっぱり。
奇妙な同調と感慨を、胸にいだいて。
――イヤなもんだ。
習玄と出会っていなければこうなっていたかもしれないという、自分の姿と相対するのは。




