(16)
「いやー、まさか鳥に先越されるとはねぇ。せっかく『忍者王』サマの奇襲のこと、伝えようとおもってたのに」
ヘラヘラ笑い、クルクルとその身を回す。無遠慮に同好会の部屋に侵入する。
スカートの裾を舞い上がらせながら鷹の飛丸に近づくと、指先を伸ばす。
すかさず食らいつこうとした猛禽のクチバシを身を退いて避けて、アハハの抜けた笑い声を立てた。
「……新田くん、このひとは」
「そう、以前から話していた忍森冬花。『吉良会』の未来の幹部候補サマだよ」
それとなく正体を察した習玄に、皮肉をまじえてゼンは答えた。
「やだなぁ。オトモダチって紹介してくれれば良いのに。素直じゃないなぁ」
落ち着きなくしきりに場所を、メンバーの隙間を移動しながら移動する妖女に、ゼンはけわしく、冷えた目を向けた。
「いったい何の用だ? もうお前に聞くことなんて、なにもない」
「えー? でもさァ……そのヒトたちには、ボクたちの仲良しっぷりをちゃぁんと説明しとかなきゃ。たとえばー? ほら、新田ちゃんがそこの桂騎クンを殺そうとしたときのこととか、相談したげたじゃないの」
「っ! ふざけんなっ! あれはお前がっ……」
ゼンは腕を目の前の魔女に伸ばしてつかみかかった。だが冬花はヒラリとそれを避けた。ゼンの制止は空振りに終わり、机に激突して五色米を散らばらせる。
今となっては自分がぜったいに悟られたくない話を、よりにもよって一番バレたくない相手に語られる。その恐怖が、ゼンの肉体を反射的に動かさせたのだった。
彼が社に身を助け起こされるよりも先に、冬花が習玄にすり寄った。胸の豊かなふくらみの先が触れるぐらいの間合いで、小悪魔的な微笑を少年へと向ける。
「彼ね、キミのことジャマだったのよね。だから、殺せば良いって教えたら、アッサリそのつもりになっちゃったのよねェ。泣ける友情だよね~?」
「ふざ、けんなよ……おまえっ!」
ゼンは痛む足でよたよたと歩きながら、荷物から『ルーク・ドライバー』を震える手で取り出した。
――また、こいつにかき乱されるのか。
ようやく見つけた使命も、大切な仲間も、すべてがこいつの口八丁で吹き飛ばされる。
苦しみをうったえる胸を、ぎゅっと学生服の上から押さえつける。
顔が半分に割れてしまったかのようだった。
左の目で冬花をにらみ、右の視線で真顔で立つ習玄にすがる。
だがふと彼と目が合うと、いたたまれなくなって視線をそらす。
「で、どう? いったん距離置いてさ、付き合い方考えたほうが良いんじゃないの? そこのセンセイもさぁ、やっぱりこんな流されやすいコはどっかにほっぽって、桂騎クンひとりに任せてもいいんじゃない?」
習玄は無表情のまま、色気と言葉とで挑発する冬花の脇をすり抜けた。
倒れた机を大股で乗り越えて、ゼンの前に立つ。
頭ひとつ以上も身長差がある少年に立たれると、けっこうな威圧感がある。上からグワリと伸びてきた時、ゼンは無意識のうちに身構えていた。
ぽふ、と。
あたたかい掌が、頭頂に落ちてきた。
すべらかな黒髪をいたわるような、優しい愛撫。
「……むしろ、殺すほどの気概を持った人間のほうが、味方としては頼もしい」
は? と上ずった呼気が漏れた。
ゼン自身からではなく、背後にひかえた忍森冬花から。
彼女からは、ゼンが見る限りでははじめて、一切の笑みが消えていた。
「それに彼ほど正直な人もいないでしょうよ。殺気を持っていたこと、そして今わだかまりも解けたこと。俺にはぜんぶ伝わってきてます。過去のつまづきひとつに動揺して取り乱して……そんな正直者な新田前だからこそ、俺は彼に信頼を置いている。そして、どうしようもなく好きなんです」
――だからっ、そーゆーことを……平然と言うから……ううぅぁぅぅ……っ!
ゼンは耳まで真っ赤にしてうなだれた。手のひらの置かれた頭から、湯気まで出てきそうだった。
口にはできずに、内心でつぶやいた言葉さえも、ちいさく途切れがちになってついには消える。
やがて、冬花の目に微笑が戻る。
今までと多少色合いが違う眼差しで、少年を、「うー、うー」と子犬のよう唸ってされるがままになっている新田前を見ていた。
「……なるほど」
と低くつぶやいて。
「しっかし、アレだね。薄気味悪いほどの正論家ね、キミ。……葉月から聞いたとおりだ」
「ははぁ、彼女はなんと?」
「『柔和なようでどうしようもない頑固者で、目上や同朋からは妬まれ、憎まれる人間』」
「なるほど……ですが貴女も」
「え?」
「いやいや、話に聞いていたわりに、ずいぶんと余裕がないようですが」
――余裕がない? こいつが?
つねに浅薄な笑みを張り付かせたような魔女に「余裕がない」と習玄は断言した。
だが、ゼンの予想に反して、対する少女の笑みは、
「…………」
笑みは笑みでも、どこか苦み走った、いびつな顔だった。
ひょい、といった調子で習玄は両手を軽く掲げた。
「俺の本性がどうあれ、貴女の本心がどうであれ、今まさに迫り来る牧島無量が先でしょう。……そろそろ本題に入りませんか」
離れた手の感触が、ゼンの頭にじんわりと残っていた。
「それもそっか。じゃあ単刀直入に」
忍森冬花はいつもの余裕を即座に取り戻した。切り替えは、やはり女狐らしくいかにも素早い。
自らの胸元に遠慮なく手を突っ込み、思い切りまさぐった。
ルイが「むっ!」とか「いいねぇ」とか「やるねェ」とうなり声をあげたが、おそらく心底どうでもいい理由だから放置しておく。
だが、その中から取り出された魚の骨頭部に似たものを見た瞬間、習玄とゼンは反応し、身を動かした。
黒い鏃。他ならぬ、新田前に埋め込まれていたという代物。
「ほうほうなるほど。汚染された龍脈を結晶化させたものか。そんなものを打ち込まれては、凡人は正気を保てまいな。しかし、破魔矢、神社の祭具とおなじ術が施されているとは……」
「これとおんなじものが、今牧島無量に埋め込まれた」
「いったい全体、誰の作だ?」
冬花の色香よりも、探求心がまさったらしい。
一転して真剣味を帯びた瑠衣の問いに、
「……葉月幽、という女性がつくったものですか」
と、先回りして習玄が見当をつけた。
「……お前ッ! まさか!?」
そしてゼンは、彼女が葉月幽ゆかりに品を手にしていることで、うすうす感づいていたことを確信へと近づけた。
「そっ、ボク今あいつの下で働いてるのよね」
ゼンは改めて『ルーク・ドライバー』に鍵を差し込んだ。
殺気さえ感じるほどの嫌悪の眼差しを、彼女は鼻で笑い飛ばした。
「すこしはアタマ使いなよ。ホントにキミらの敵なら、ここには来ないでしょ。ボクはまた別のヒトから、葉月幽の動向をさぐるよう任せられたスパイでね。そこの桂騎クンに協力するようにも言われてる。……だから、ボクはキミのために動いているんだよ、新田ちゃん」
キミのため、という言葉のうさんくささに、新田前は呼気を吐き出して目をそらした。




