(13)
瑠衣のマンションに帰る時には、すでに二十時をまわっていた。
「百地一族?」
事情を聞くべく自室に連れ込んだ社から、耳慣れない言葉がついて出る。
桂騎習玄は、キッチンから顔をのぞかせ、ゼン、瑠衣、そして社の姿を視界におさめた。
「伊賀忍者の一派です。牧島師兄も、アタシも、そこの出なんです」
いつもよりかはかたい口調で素性を名乗る社が、ウソをついている様子はない。
渋茶を机の上に三人ブン置きながら、それを必要としない人形へと目を配る。
「……藤林とならぶ伊賀忍の統領が一柱、百地三太夫が有名だな。天正、すなわち戦国時代、織田信雄の二度にわたる伊賀侵攻によって百地家は滅亡したと言われている。で、合ってるかね?」
「正確には、和睦のあと紀州に隠遁もしくは各地に離散したとつたわってるんです。その後は多くの分派がそのまま帰農したり組織に組み込まれたりして、自分たちの先祖がそうだったことさえも忘れて、生きてます。……でも、わたしたちみたいに、特殊な技能を使命として受け継いで、外界で役立てる家もあります」
そう付け足した社に、講釈を垂れた瑠衣は、
「つくづくしぶとい連中だな、どの世界でも」
と苦々しく付け足した。
訝るゼンと習玄に、
「なに、君らが気にすることじゃない。ちょっと前に『百地一族』がらみでイヤなことがあってね。得るものは多かったが、全身焼かれたり凍らされたりする経験は、新鮮だがあれで最後にして欲しいものだよ」
と、短い手足を振って、人形はそれ以上の追及を遮断した。
肩を軽くすくめて、ゼンは改めて社に質問をした。
「……で、その末裔がなんでドライバーと『駒』を求めた?」
「兄弟子……牧島無量を、捕らえるためです。龍脈の力には龍脈でしか対抗できないんで」
少年ふたりは、新品の湯飲みを手にしたまま、顔を見合わせた。
『ビショップ』の遣い手と、『忍者王』。何かしら敵対関係にあると読んではいたが、まさか同族とは思いもしなかった。
その同族を……しかも同門を、「捕らえる」と社は言いはなった。
無言でさらなる説明を求める彼らの目の前で、ズズズ、と少女は渋く茶をすする。
「師兄は……才能はありましたがその……ちょっと我慢のできない性格なんです。お師匠様はきびしいし、全然認めてもらえなくて、だから修行中の身でありながら一族を抜け出したんです」
「っ」
一瞬、新田前の表情が、もうひとりの脱走者の顔が険しく歪んだ。
「フリーの工作員として活動をし始めました。その中には、一族の信条にそむくことも多くありました。そのうえ今回の『吉良会』幹部と組んでのルイ先生のデータ奪取。ハイ、スリーアウトー! レッドカードー! ……というわけでして」
「つまり『抜け忍』を捕らえるために、貴方は俺たちに接近し、『駒』を得て対抗しようとした、と」
「……木曜時代劇かよ」
呆れ、苦笑いを浮かべるゼンと習玄、そして瑠衣の前で、バシンと少女は手を合わせ、頭を下げた。
「色々しかけておいて今さら虫のいい話なのは承知してますっ! でも、お互い利害イッチってことで、手を貸してもらえませんかっ!?」
「……出会った当初からそう持ちかけてくれればいいものを」
とグチをこぼしたゼンを、習玄はじっとまん丸な目で見つめた。
「? なんだよ、間違ったことは言ってないだろ?」
ゼンはそう言うが、あの時持ちかけられても、何もかもが手探り状態で、新田前のことでも手一杯で、彼女の申し出を断っていたかもしれない。
あくまで情報提供と物々交換のやりとりだったからこそ、このつながりはここまで継続できていた。
――だが、もはや状況は違う。
彼女と付き合い続けたきっかけはどうあれ、当面の敵はたしかに一致している。
だったら共同で事に当たるべきだし、『忍者王』牧島無量を裏であやつる存在……『吉良会』幹部、葉月幽の正体と目的も気になる。
――女の弓使い、ハヅキ……ユウ、か。
やたらに引っかかるその名を心の中だけに留めて、
「俺は、先輩の申し出、受けようと思います」
と習玄は言った。
はやって表情を明るくさせる社を抑えて、残る二名に回答を求めた。
「だな。これ以上こっちの知らないところで、かき回されても困る。あの王様にも、そいつにも」
「先生は」
次いで、習玄は時州瑠衣から了承を得ようとした。だが、ウサギの人形は習玄の湯飲みにもたれかかったまま、微動だにしない。
「……先生?」
「っ、ああぁ? なんだもう朝かね」
「いや、思いっきり夜だから」
「冗談だ。まったく、ギャグをはさむ余地のない会話をダラダラと。これでは天性のコメディアンたるわたしもつい寝オチしてしまうというものだよ」
「……睡魔ないんじゃないんですか」
夜ごと『すもも』で荒ぶっていたこの迷惑な存在が、自分が引っ越す要因となったというのに。
そうぼやきたくなった習玄だが、脱線させるわけにもいかない。
とりあえずは瑠衣の返事はイエスということですっ飛ばし、改めて社に手を差し出した。
「それでは、共同戦線、よろしくお願いします」
「はいっ! こちらこそ!」
にこやかに握手をかわす習玄と社の間で、ゼンは口元に指を当てていた。その視線の先に、ウサギの人形があった。
「なんだね、悩ましげなポーズで、人を誘惑するつもりかね? いよいよもって、そのケに目覚めてきたか」
「やかましいッ……ちょっと気になったことがあったから、そっち見ただけだ」
晩飯の用意に動き始めたゼンは、その身を持ち上げざま、
「そういや、あんた。食べたり寝たりしないんだよな」
「便利だろ?」
「便利ってーか……その身体、いったいどうやって」
わずかに言いよどんでから彼は、首を振った。
「まぁ、良いか。それだけ軽口叩けるなら、なんともないんだろ」
とちいさく呟いて。




