(12)
《Check! Bishop!》
人工の音声が、夜の闇にむやみに響き渡る。
マニュアルによれば軌道によって生じる熱を発声とともに発散しているそうだが、それにしても隠密行動とは不向きだし、なによりシュミが悪い。
商店の屋根から、彼女はロングコートをたなびかせて、公園を見下ろしていた。
駒鍵を挿入することで生み出された五寸釘が、手の中でジャラジャラと擦れ合った。
彼女の眼下には、ニンジャがいた。
腕組みした覆面姿の男は、傍らの遊具に長物を立て掛けて、ブランコに腰を落ち着けている。
そのシュールさにはさすがの彼女も閉口したが、
――まぁ、あの『忍者王』ならやりかねないか。
と思い直す。
……話がうますぎる、とは半ば疑いながら。
だが、さすがにいくつも電灯がついた下ではその姿は迷彩効果はゼロに等しい。むしろ逆効果で、これほど目を惹く装束もないだろう。
案の定、小柄な婦人警官がひとり、接近してきて職務質問をしてきた。
面倒なことになることを予感した彼女は、疑問を振り払って動くことにした。
《Checkmate! Bishop!》
空中に放り出した釘が、白く幅広の布で連結される。
彼らを取り囲むようにして四角く陣をつくり、その内側に光を溢れさせた。
そのまばゆさの中、ひとつの影が飛び出した。
彼女もまた屋根を蹴り、手を公園へとかざした。
磁力で吸い付けられるかのように、釘の群れが引き上げられ、彼女の手におさまる。
彼女は、逃げようとする影に、そのまま跳び蹴りを向けた。
かわされる。そのまま距離を詰めて二撃、三撃と蹴りをくり出したが、ことごとくが紙一重でよけられる。
――違和感を、おぼえる。
というよりも、確信に近い。
いやな予感を振り払うかのように、あるいは、その疑問を完全に固めるかのように、彼女は釘のついた大布を鞭のようにしならせる。
金属音が響き渡り、火花が散る。
忍び装束の男は、いつの間にか槍を手にしていた。その近くには婦警がいた。彼女? が投げ渡したようだった。
電灯の下、緑色の笹穂が軌道をえがいて少女のコートにおそいかかる。
突き出された穂先の上を、彼女は足場とした。
先端がたわむほどに強く踏みしめ、天を舞う。五寸釘の鞭を振りかざす。
忍者に扮したその男が、槍の持ち手を引いた。
槍先が地面をこすり、そこから障壁が生えてくる。
「……あー」
白けた気分ののおもむくままに、滑り台の上に降り立った少女は声を伸ばした。
高速で迫り来る金属片を難なくいなす動体視力、なにより『ナイト』の駒の固有スキル障壁展開。
対象に肉薄しなければ効果を発揮しない『ビショップ』は、それらとは相性が悪い。
……なにより、これ以上戦うことの無意味さを、完全に悟った。
「ひょっとして、あたし担がれちゃいました?」
「そういうことだな」
男の着込んだ忍び装束の懐から、聞き慣れた声が響く。人形が、着物の袷からひょっこりとマヌケ顔をのぞかせる。
偽『忍者王』の覆面の中の目元は、ホンモノに比べて若く、やわらかい。覆面が剥ぎ取られ、これまたよく見た少年の顔がさらされる。
――桂騎習玄。
「牧島無量をねらい、そこの新田くんを妨害した理由、聞かせてもらえますか? ……九戸社先輩」
ウサギに貸与された『ルーク・ドライバー』のレバーを引き、武装を解除する。
それから少女……彼らの情報屋、九戸社は苦笑いを浮かべてうなずいた。
「……オレも、お前らに聞きたいことがあるんだけどさぁ?」
何事もなく進むかと思われていた矢先、横槍が入った。
婦人警官に扮していた少女……もとい美少年は、頬をヒクつかせながら
「なにかね?」
「もっとマシな変装なかったのかよ!? なんだこのカッコ!? なんなんだこのカッコ!?」
「わたしのシュミの一環だ。職質かける演技でもしないと、いかにうっかり屋なクドちゃんでも釣り出せなかったからな」
「これじゃ逆にかけられる側だよっ」
「いや、新田くん。似合うよ、違和感がない」
「だから平然とそういうこと言うのやめろよっ!」
「俺だったらこうはいかない」
「当たり前だっつの!」
九戸社はふっと緊張をほぐした。
口元の笑みからは苦みが自然と消えて、コートのポケットから携帯を取り出す。
カリャリ、とシャッター音を鳴らす。
「撮るなァァァ!」
偽婦警の甲高い怒号が、夜の公園に響きわたった。




