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(5)

 からり、と乾いた鉄音と共に、まず一体の死を確認した。

 死神の鎌が、もろく砕ける。


 露払いのように、穂先で風を切る。

 実際に血液が飛んだわけではなかったが、頭部をえぐられた哀れな怪物は、悲鳴も生じさせることなく霧散した。


 ふむ、と上着の胸ポケットでウサギは唸った。

「初手は上々。次のお手並み拝見だな」

「拝見って言ったって」


 わずかに意識がそれた瞬間をみはからったかのように、大型死神の巨大な剣が振り下ろされる。それを口金で受け止め、習玄は三歩ばかり退いた。


 刃渡り三、四寸。つまり10センチ前後の笹穂槍。

 文字通り、笹の葉の体の刃先を持つ槍だ。断面は平三角形で、見目整った直槍だった。

 全長としては2mを下回る。だが、立ち回りが制限される室内で応戦するには、短いに越したことはない。


 槍は槍として扱えば良いのか。それとも秘めたる神通力でもあるのか。果たしてその使い方は。

 そんなことを考えるよりも先に、身体が動く。まるで、ただこの一時のために自分の肉体を怠惰の中で休めていたんじゃないのか、というぐらいに。


 ――やはり、たまには良いものだ。肉体の酷使というものは。

 習玄は笑った。ふふっと漏れた息に反応したかのように、ざわざわと黒羽の槍飾りが揺れる。


 凶刃をいなす。標的のそれた剣先が、床を大きくえぐった。

 間髪入れずに迫る鉤爪を、中段の構えで迎え撃つ。

 上半身を傾けて右手でしごいて槍を突き出し、それがかわされると習玄は二撃目にこだわらなかった。


 不用意な突きはそのまま死に体につながる。

 素早く後方に身を移し、反撃を穂先の反復移動の繰り返しで弾き、体勢を整えたデカブツの重撃を、飛んでかわす。


 ――とは言え……


 の後に続く独語が、口の端から漏れた。

「どちらか一体でも足止めできないものか」

「できるぞ」


 無茶とも思える願望を、あっさりと肯定したのはまたもやウサギ。

 は? と訝る彼を、胸元から無感情な人工の瞳が見上げていた。


「槍の刃先で、地面をこすってみろ」


 はぁ、という生返事をする習玄の横っ面に、敵が飛び込んでくる。

 言われたことを咄嗟に実行に移す。地面に突き刺し、真一文字を描く。

 紫紺の刃から生み出された軌道から、光が天へと向かって伸びる。

 それはそのまま壁となって、爪撃を防ぎ止めた。


「これはまた……」

 衝撃でわずかに波打つ半透明の障壁。その出現にまず驚いたのが生み出した当人だったことは言うまでもない。


「それが『ナイト』の駒の固有スキル、防壁展開だ」

「……早く言ってください」


 得意げにうそぶくウサギに、習玄は苦く返した。


「他に隠していることはないでしょうね?」

「ないことはないが、説明できるヒマがない。何しろわたしも実証不足だし、その駒は遣い手によって形状も引き出せる能力も異なる」


 ――それで俺が、朱槍か。

 奇妙な感慨と共に、彼はその道理を受け入れた。


 槍を地面に当てこすりながら、自らの左右前方に壁を乱発する。

 時に大剣を、時に鉤爪を防ぎ止めつつも、小柄で小回りの聞く爪持ちの方が、その間隙を縫うようにして追いすがってくる。


 ……それは、狩りや漁にも似ていた。

 壁を作り進路を限定し、その中に誘い込んで、退くに退けないところに深入りしたところを、屠る。


 まさしくその箱網に、小魚が一匹。


 肉薄した瞬間、突き出された槍がその眉間を射貫いた。

「残り、一体。……君は本当に、打ち筋が良い」

 ウサギが呟いた。


 遅れること数秒、強引に身体をねじ込み、障壁を食い破りながら、最後に居残る巨霊が迫る。

「さぁ、詰めの一手だ。槍をドライバーに差し込め」

「差し込めって」

「石突を良く見たまえよ。まったくいちいちテンポの悪い奴め」


 言われるがまま、槍の穂先の反対側を見る。

 立鼓、牛角、宝珠……。

 通常、石突の形状には様々な種類があるが、習玄はこの奇妙な形など見たことが……いや、あった。

 ついさっき。それが、槍と成る前に。

 石突にあったのは、剣にも似た、鍵の溝だった。

 この事実に気がついた刹那、彼はこの瞬間どうすべきかを理解し、即断した。


 腰の鍵穴に再び差し込んで、ねじる。


《Checkmate! Knight!》


 高らかな宣言と同時に、紫紺の笹穂が銀色の光輝を帯び始めた。


 その輝きによって、巨敵の顔面が初めてさらされる。

 青白い面相。痩せこけた頬、まばらで黄ばんだ歯並び。目元を幾何学的な紋様の帯で覆っているがそれは上半身だけは、人間のかたちをしていた。


 習玄は、躊躇しなかった。

 大きく振りかざされた槍から、銀光が発射される。

 理科準備室の空間を余さず駆け巡る無数の光線は、流星のようでもあり、銀でできた蜂にも似ていた。


 不規則な軌道を描いたその銀蜂が敵を中心として交錯する。

 外套も、頭部も、剣も。余さず打ち砕き、エネルギーの余波が火花となって散る。


 習玄は袖で顔をかばった。

 熱と光の波が彼らの肉体を通り過ぎていった後、顔を上げた。


 残されたのは、荒れまくった戦場の痕跡。かつて備品だったものの残骸。

 そして、少年と朱槍と、ウサギのサークル君、定価540円だけだった。


 そんな彼らを愛でるかのように、爆風で破れた窓から、月光が淡く差し込み、円環となって彼らの足下を照らしていた。

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