(10)
「ここかぁ」
放課後の校舎の窓に、夕日が差し込む。
それを背に受けながら、桂騎習玄は北棟の最上階の、そのまた片隅の一室の前に立っていた。
資料室、とは名ばかりの物置。
そこが、『広報同好会』に貸し与えられた活動拠点だった。
「ここかぁ」
とくり返す呟きには、万感の思いが込められていた。
小一時間、ここを探していた。
近くまで来ては、まさかここではないだろうと通り過ぎ、さんざん迷ったあげくに通りがかった生徒に教えてもらい、ようやくたどり着いた。
「ありがとうございます。津々里さん」
「いえいえっ! しっかしおどろきましたっ、新田くん、ちゃんとトモダチ、作ってたんですね」
「俺のほうとしても、学級で孤立してないか不安でしたけど……西原さんのような学友がいるだけで安心できます」
「ではではっ、私はバイトですのでこれにてドロン、っです!」
ぼさぼさと収まりの悪い黒髪を振り乱した案内人は、まるで黒い子犬ようにも見える。
手をブンブン振って去っていく津々里鳥乃を習玄は笑顔で見送った。
新田前は、いい級友にめぐまれたようだった。
「86、55、87。すばらしいプロポーションだ。おまけにそれに無自覚に跳ね回るのがたまらない。色々弾んでわたしの心臓も弾む。ないけど。あぁ~、この身体を活かして侵入できないかな、あの制服、お胸の中に」
とつぶやくウサギは、望みどおりに胸ポケットの奥へと押しやった。
だがすぐに這い出てきては、
「で、我々はこの『隠れた名店』にやってきたわけだが……中には、いるようだな」
一転して、シリアスなことを言う。
その豹変ぶりに半ば呆れながら、習玄は引き戸をノックした。
返事はない。
が、中から物音は聞こえてきた。
――さては、こちらの意図に気がついて逃げようとしているのか。
と思ったら、習玄の行動は早かった。
戸を開けて踏み込む。
目の前に広がった光景は、決して広くはなかった。
やや長細い感じのスペースに、目の前にパソコンが一台、プリンターが一台。そしてそれを操作する人間が、一人。
あとは、プリントミスの紙くずだの、上着だけのジャージだの、電気ストーブだの。
そして少女が着ているのはドテラであった。
ふだんは『ソイラテ』だとか『クレープ』だとか、女子力あふれるワードを発する口にくわえているのは、ドラッグストアで箱詰めされているような栄養ドリンクだった。
近視なのか、ディスプレイのスレスレにまで目を近づけて、キーボードを打って記事を作っている。
その血走った目が、習玄を向いた。視線がかち合った。
少年はそろそろと後退し、そっとドアを閉ざした。
直後に、ドッタンバッタンという破壊的なおとが、中から聞こえてくる。
「逃げるんじゃないのかね」
瑠衣が尋ねた。
習玄は、人形の懸念に首を振った。
「内装はすでに把握しました。窓はないし、この出入り口以外は逃げる手段も持たないでしょう。それに」
「それに?」
「……あの醜態を直視しない分別は、俺にもありますよ」
待つこと二分程度。
内から扉を開けて現れたのは、
「はいはいっ! お待たせですっ! 乙女の秘密の宝庫、広報同好会へようこそ!」
バッチリ小物をめかし込んで、キラッキラしながら現れた九戸社を、習玄は微妙な笑みを浮かべて出迎えた。




