(7)
「はぁ…………はぁっ!? 一緒に住む!?」
ただでさえ甲高い声がひっくり返り、キンキンと部屋に響く。
「ほら、そうすれば俺の金を共有することができるし、住居も確保できるじゃないか」
「そんなことをして、お前になんのメリットがあるんだよ!」
ゼンの張り上げた声に対し、手を耳栓にした習玄は、ちらりと横に目をやった。隣に座るウサギ人形は、その長い耳に短い両手をやっていて、
――いや、意味あるのか? 機能してるのか?
と彼に妙な疑問を与えた。
それはともかくとして、と習玄は首を振ってから、理由を説明する。
「その牧島は、『ルーク・ドライバー』の奪取を狙っているんだろ? だったら、私生活でも分散せず常に活動を共にしていれば、不意打ちにも連携して応戦できる。それに俺にも得はあるよ」
「たとえば?」
聞き返されて、習玄は空のどんぶり、コンビニの包み、そしてキッチンに残された鍋を順々に見た。
……そう、その利点こそが彼を自分の私生活に招き入れる最大の理由だった。
この提案は新田前のためでもあったし、自分のためでもあった。
握り拳を作り、顔を引き締め力説する。
「毎日美味しい飯が食えるっ」
「オレはお前の家事手伝いかッ!」
「いや、むしろ嫁に来てくれ新田くん!」
「だっからァ、そーゆー気色悪いこと言うなっつーの!」
度を超えた怒りのあまりか、照れも入っているのか。
美少女としか言いようのない顔立ちは、見えない糸に吊られたように引きつっている。
「とにかく、お前との同居なんて、こっちがごめんこうむるッ。オレにもプライバシーってもんがあるっての! 当分の活動資金と拠点さえあれば、あとは一人でやれるんだ。そこのバカウサギがこのマンションと金を貸してくれればなぁ!」
かっ、と瑠衣が吐き捨てるような短い呼吸音を発した。
「それが人に、いやウサギに物を頼む態度か? まったく煮え切らん半端者だ」
「なんだと!?」
「そもそも本当に料理なんて出来るのか? ここまできちんとした生活を送っていたのかさえ怪しいもんだ」
「バカにすんな、ここまで誰の助けも要らずに一人で生きてきたんだ!」
ゼンの一喝がビリビリと、新調されたばかりの白い壁を震わせた。
主導権を瑠衣に奪われたかたちとなった習玄は、深くため息をついた。
そして、今後の彼らの流れを予測し、シミュレートしてみる。
「おいおいカツラキ君? こいつはそう言ってるが、どう思う? やっぱり考え直した方が良いんじゃないかね? こいつのパンツ、君が洗うハメになるかもしれないぞ」
「そいつに洗わせるパンツなんてないっ! それぐらい自分でやるっ!」
「洗濯はできても買い物がなぁ? 大丈夫かね? しょうゆと間違えてコーラでも買ってきそうだぞ、こいつ」
「だったら証明してやるよ! おい桂騎、何か不足してるものは!?」
新田くん、と一応習玄は彼の名を呼んでみた。
一度落ち着け、という意味合いを込めて。
だが美少年は「早く言え!」とせかすばかりで、まるで話を聞こうともしない。
新田くん、ともう一度相棒の名を呼ぶ。
同情とほんの少し、彼の性分への心配を込めて。
「……冷蔵庫の中空っぽだから、後でスーパー行って夕飯に買い出しに」
「夕飯だなっ。ついでに作ってオレの料理スキルを証明してやるよ」
「あ、ついでに洗剤も買ってきてほしい」
「あと一日だけじゃお前の生活能力が確かめられないからな。新田、ついでに自分の身の回りの物も買ってこいよ」
「言われるまでもないッ」
そうして書いていったお買い物メモは、ゼンの手によってもぎとられた。
立ち上がり、身を翻すや、リビングから玄関につながるドアから出て行った。
あれだけ騒がしかったリビングが、バタンというドアの閉まる音の後は静まり返っていた。
「……新田くん。いや、新田くん……気づいてくれ、そこは。罪悪感が半端ないから」
習玄は遠のく足音の主の名を、何度も呼んだ。
だがそれに答える声もない。怒って飛んで戻ってくる気配もない。
いやむしろ、そうあってくれたら自分の心はどれほど救われていたか。
「……部屋から出て行った後ですかね」
「まぁ、さすがにマンションから出る前には気がつくだろうがね」
と少年とウサギは囁き合った。
やがて、
「あぁぁぁぁああ~!」
……という、新田前の自己嫌悪の嘆きが、外から大きく反響する。
「さすがはわたし、見事なネゴシエートだったな」
「……新田くんの将来が心配になってきました」




