(6)
――まさか、引っ越しして最初にひもとく荷が、鍋と調味料になるとは。
コンビニおにぎりを引っさげて新居に戻った習玄を出迎えたのは、
「おい、コレ麺茹ですぎだぞ」
と、引っ越し蕎麦をまずそうに噛んでいる新田前の姿だった。
二杯目をたぐり寄せてひとすすり、習玄の腕前にケチをつける。
なんとなくその光景が好ましく、彼の相棒はクスリと笑い声を立てた。
「味に文句言うぐらいは、回復したみたいだな」
ダンボールに四方を囲まれた4SLDK、そのうちのリビングには、ポツンとちゃぶ台とこたつが置かれているだけだ。
一応室内温度を設定するパネルが壁にあるが、操作がわからない。せめて風呂を沸かす機能だけは覚えておこうと、決意する。
「で、何があった?」
卓上に置かれた鮭の握り飯を手にとり、食べ、それから彼が告げたのは、組織の援助の打ち切り。それに伴う衣食住の困窮。
そして月初めに彼を巻き込んだ、突拍子もない出来事だった。
――未知のドライバーにキングの『駒』、そして……忍びの者、か。
どれもこれもが荒唐無稽な話だが、あの新田前が大まじめでそんな話をしているのだ。
信じないわけにもいかないだろう。
「……というわけで、オレは牧島無量とかいう男を撃退したは良いものの、敵の横槍が入って逃げられた」
「おいカツラキ君、見てくれよ。ののかっパイのベストショット」
「アホウサギ、ゲームしてんじゃんないよッ! 話聞け! 聞く気ないならせめて引っ越しの手伝いぐらいしてやれよ!」
携帯ゲーム機に映った活発系巨乳ヒロインを見せびらかしながら声を弾ませる瑠衣を、ゼンは怒鳴りつけた。
「あぁわかってるわかってる。要するに、成果は出せずに逃げられました、だろ? いつもの新田じゃないか」
「要しすぎだ! ……しかも間違ってはいないのがハラ立つな……」
「敵の新手、なんだろうか。そのビショップの横槍」
「そしてお前は相変わらずマイペースだな!? 敵じゃなかったらなんなんだよ!」
習玄はコンビニの袋から自分の分の塩むすびと緑茶のペットボトルを取り出した。
それに紀昌からもらった瓜の漬け物と、割り箸を据え置き手を合わせてから
「いただきます」
そして食べ、飲み、その合間に自らの推測を披露する。
「妨害をするにしても、タ……タイムィ」
「タイミングかね?」
「それです。タイミングがね、おかしいんですよ」
仮にその両者が共闘関係にあったとしたら、二人同時にゼンを挟撃するのがセオリーというものだ。
前方で牧島が物量で押しつつ、『ビショップ』はその脱力の能力でもってゼンの俊足を封じる。
とすればゼンは負けないにしても、相当の苦戦を強いられていたことだろう。
『駒』を発動させた時機に、その謎をひもとくきっかけが隠されているような気がしないでもない。
「おそらく、牧島にとってもその介入は予想外だったんだ。だから封じ込められた新田くんには反撃せず、即座に離脱した」
「じゃ、『ビショップ』の目的はなんなんだよ? なんで後になってオレたちを封じ込めた?」
「……その遣い手は最初傍観を決め込んでいたんじゃないか? 彼もしくは彼女の目的の都合上、牧島が倒される、もしくは捕縛されると困る。あるいは自分の手でそうする必要があった。だから新田くんを攻撃した。そんなところかな」
説明が終わる頃には、おにぎりは包みだけになって、ペットボトルのお茶は半分になっていった。
薄緑色の液体に己を映し出しながら、ポンポンとウサギは手を打ち、その推理を賞賛する。
「実に賢い。そこの頭に血をのぼらせるばかりの猪武者とは視野が違うな」
「ぐっ!」
一瞬生き息を詰まらせたゼンではあったが、反論はしなかった。
感情を逆撫でする皮肉ではあるものの、それが正論だと知っていた。
……そして、それを認めるようになれた所に、間違いなく新田前の成長があった。
目を細めて、お茶に口づけ、習玄はふたりのやりとりを見守っていた。
「……で、さ。オレはとにかくこうして、次につながる有益な情報を持ってきたわけだ」
「そうかね。それで?」
「何か、忘れてないか? ずっと。もらえるものをもらってない気がするんだけどな」
「……よし、じゃあカツラキ君、新田を褒めてやれ」
習玄は頷き、ゼンの頭に手を伸ばして撫でた。
「ふわぁっ……って違うわ! っていうか撫でろとか時州は一言も言ってないだろ!?」
「あっ、そうだったけか。じゃあ何が欲しいんだ?」
「カネだよっ! 九戸みたいに情報持ってきたんだから、それに見合う報酬、とかを、だな……」
カネ、と口走ってからゼンの語調は歯切れが悪く、弱々しいものになっていった。
困窮しているとはいえ、金の無心などは彼の自尊心をひどく傷つけるものだったろう。
空になったどんぶりの前で組んだ指をしきりに動かしながら、視線をさまよわせる。
「とは言ってもなぁ。フリーなカツラキ君やクドちゃんと違って、お前は正式にはまだ『吉良会』所属だろう? しかも、連中は明らかに嫌がらせでお前への支援を断ってきたわけだ。わたしが勝手にポケットマネーを渡したら、それこそ問題になるんだよなぁ」
ウサギはそう言って難色を示した。
冷淡だとは習玄も思ったが、ただでさえ無理を通してゼンを味方に引き入れている。
あの時はつい感情的になってしまったが、こちらの理屈ばかり押し付けるわけにもいかないだろう。
……それに、解決策なら頭の中ですでに描かれている。
「先生。直接、新田くんが金をもらなわければ良いんですよね?」
「うん? まぁ、そうなるかな」
そうですか、短い納得に言葉を発した。
ペットボトルを締めて置き直し、居住まいを正して習玄は、相棒に強い視線を送る。
「新田くん」
「なっ、なんだよ」
いつになく熱のこもった目に、ゼンはじりじりと退いた。
彼の中性的な顔を追うようなかたちで、習玄は前のめりになって提案した。
「これから一緒に暮らさないか」




