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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第四話:鏡塔忍法帖 ~彼女は如何にして漁夫の利を得たか?~
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(5)

「まぁ引っ越すなら部屋貸してやるとは言ったがね。なんでまた突然に」


 高級マンション『ヴィラ・キャロル』。

 その庭園の前を、引越し屋のトラックが去っていく。


 自らも同乗してきた大型車が、排気ガスの尾を引いて去っていく。

 それを、桂騎習玄は腕に抱え、時州瑠衣をジャケットのポケットに突っ込み、荷物と共に見送った。


「……先生のせいですよ」

「わたしの? いったい何をしたと」

「下着泥棒はするっ! みのりさんはゲぇムは勝手に増えてる、進んでる! 頼んでないものは『アーマーゾーン』で届く! 親父さんのぱそ、パソコンの閲覧履歴がいかがわしいので埋まって家族会議で吊し上げられてる! 俺にまで飛び火した! もうこれ以上言い逃れするのは限界なんですよっ!」

「ごーめーん。もうマヂソウリーってかんぢ」

「だから軽いんですよ貴方の謝罪ッ」


 無理を押して引っ越しをした理由は、それだけでもなかったが。


 ひとつには機密の保持。

 状況が変化していき、謎が日に日に増していき解決の糸口が見つからないから、自然瑠衣やゼンと議論していく機会が増えている。

 それを他の客や氏家親子に聞かれて、巻き込んでしまうことを習玄は恐れた。


 そしてもうひとつは、この事件そのもの。

 ――どうにもキナくさくなっている。

 外套の魔人もそうだったが、ゼンに埋め込まれていたあの黒い鏃の存在が、習玄の心の中で引っかかっていた。

 単なる自然の暴走というだけではない。何者かが、自分の知らない誰かの意思が、明らかにそこへの介入を始めている。

 となると、こちらの妨害や排除を目論み、『すもも』に危害を及ぼす可能性だってある。

 それが最大の理由だった。


「で、彼女のことはあれでよかったのかね?」

「何が、ですか」

「みのりちゃんのことだよ」

「仲直りならもうしましたよ」


 引越の前日を、思い出す。

 滞在客を巻き込んでのお別れ会の時まで、ギクシャクとした雰囲気だったのは確かだ。

 ただその日にみのりの方から詫びを入れてくれて、自分の独り立ちへの声援をもらえた。


「学校では以前と変わらず付き合っていこう」

 と約束を交わし、なんの後腐れもなく


「……確かに、俺も無思慮でした」

「ほう?」

「今まで散々世話になっておきながら、ロクに恩も返さずさっさと出て行くという不義理。彼女が怒るのは無理もないです」


「やっぱりというか、なんというか。何がまずかったのか、まったく理解しちゃいないな、君は」


 ポケットの中のウサギは、呆れ声を放った後、


「まぁ良いか。……後日痛い目見なければ分からないのが人間というヤツだからな」


 と一人で勝手に納得する。

 そんなウサギの態度に首をひねったが、素直にその意図を答えてくれる相手でもないだろう。


 白い息をひとつ吐いて、衣服の入ったダンボール箱を持ち直す。

 ロビーにそれを持って行き、すでに積み上げていた何箱かを

 それ以外は備え付けの家具だったり、すでに部屋に運び込んでもらっていたりしたが、とりわけ習玄の荷運びは一般のものよりも量が少なかっただろう。


 その時、ゴン、と外で鈍い音がした。

 開けっ放しの自動ドア、そのガラスに、一人の少年が額と片手を打ち付けていた。

 淡い髪色の美少年の、普段より白い肌からさらに血色が抜けている。


 その新田前の顔色を見た瞬間、習玄の頭からもまた血潮がサッと引いていった。


 虚ろな瞳で睨むように習玄を見つめている。ズルリ、と横に身体が傾いていって、斜め前に、ゼンは倒れ込んだ。


「新田くんっ!」


 慌てて駆け寄り助け起こす。その軽さは、衝撃的なものであり、危機的でもあった。


「どうした!? 誰にやられた!?」


 自らのヒザに身体を横たえさせて、必死に声をかける。乾いた唇を震わせながら、かすれ声で、ぽそぽそと何かを耳元で囁いた。


 沈黙が、十秒ちょっと続いた。


「……なんだって?」

 と習玄は聞き返した。


 決して聞き逃したわけではなかった。そんな油断、するはずもない。

 ただ、自分が耳にした内容が、予想を大きく外れたもので、そのまま受け入れることができなかったからだ。


 ただ腕に抱えた相手に外傷はなく、見られるのは衰弱ぐらい。

 極めつけに、くうー、と糸を引いて鳴った、可愛らしい腹の音。


「はら、へった」


 と、今度は聞こえる程度の声量で、新田前は繰り返した。


 脱力し、思わず彼を落としそうになる習玄の胸で、


「ベタすぎる。内容評価1点、文章評価1点。日刊ランキングは諦めることだ」


 瑠衣は酷評を下した。

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