(3)
「さぁ、話してもらうぞ。いったい誰から、その力を、手にした?」
独鈷杵の切っ先を牧島の喉元に定めたまま、ゼンはさらに一歩彼に近づいた。
「ぐ、ウゥぅ」
覆面越しの男の目にはすがるような弱々しい光が宿っている。
ただそこに退く気配はなく、媚びの色はなかった。顧みる様子さえもない。
ただ、その目は前へと向けられている。
ゼンを直視することなく、目線は彼の肩の向こう側へ。
風音が大きくなって近づいてくる。それを耳で捉えた時、ゼンは素早く飛び退いた。
その顔をすぐ真横、耳の付け根の辺りをあの巨大手裏剣の刃先が掠めた。
「バカめ、死ねィ!」
自らの手の内に舞い戻った得物を大きく振り上げて、巻島無量は吠える。
だが振りかざした先にゼンの頭部はなく、空を切って地面を貫いただけだった。
そして彼は自身の武器を持ち上げられずにいる。
力がないわけではない。
首筋に当てられた独鈷杵の冷たさが、彼の行動を制限していた。
『初歩跳躍』によって、難なく無量の側面をとった美少年は、「さて」と底冷えするような低い声を発した。
「忍者王様、身ぐるみ剥がされて、今ギロチンにかけられている王様もどき。アンタには是非にも要求を呑んでもらう。……それをもたらしたのは、誰だ?」
ゼンの恐喝に、巻島無量は押し黙ったままだった。
実力はともかく根性だけはあるのか。
……いやそれとも、死の際に立とうと言えないほどの大人物が、バックにいるのか。
――とすれば、なおのことこいつを逃すわけにはいかない。
決意を新たに、独鈷杵を握る力を込める。わずなな呼気が、震えとなってその刃先に伝わってくるようだった。
もはや誰も邪魔が入らない。
《Checkmate! Bishop!》
……そう思った矢先の、奇襲だった。
聞きなれた音声による、耳慣れない『駒』の名前。
「ッ!?」
接近した二人の四方に、黄金の釘が突き立った。
トンカチで本棚を作るようなタイプではない。片手では手に余る大きさ、幅広いT字型。
ワラ人形に突き立てるのに用いる、五寸釘だった。
それが四本、白い練絹のような布地で結びつけられて、プロレスのリングのようにふたりを囲っていた。
一メートル四方の範囲、その地表から、光が溢れ出た。
何種類もの色に枝わかれたそれを浴びた瞬間、ゼンの肢体に異変が生じた。
身体が異様に重い。思わずヒザを屈しそうになる。
――いや、違うっ! オレ自身の力が奪われている!
力を入れていなければ、自然と頭が落ちていく。
そうして見た大地の草は、何の変化もない。自分たちにだけ、この奇妙な力が作用していた。
「……ッ!」
声を張りあげることさえ億劫だった。
崩折れそうになる下肢を叱咤し、彼は、右足で大地を叩いた。
『初歩跳躍』。
その初歩とはすなわちゼン自身の踏み込みの距離。
脱力した今は、当然その衰弱の影響を受けていた。
だが、辛うじて魔方陣の外へと脱出することはできた。
硬い地面へと腰を下ろすと、活力が肉体に戻ってくる。留まっていた血流が、一気に総身にめぐるのを感じる。冷えた身体に、血潮の熱が戻ってくる。
大きく息を吸い、改めて方陣の中へと目をやった。……すでに気配はない。見ても無駄だと、半ば悟りながら。
すでに、そこには牧島無量の姿はなかった。
釘の布も夜闇の彼方へと消えていき、ただ金属の擦れ合う音がちいさくなっていくのを聞いているしかなかった。
「……なんなんだよっ、クソ! 厄日!? 厄日なのか!?」
ゼンはそう吐き捨てて、倒れ込んだ。
戦闘の後、見上げた夜空の空気は澄んでいて、星がいくつもまたたいていた。
大きく一度深呼吸すると、それに合わせて薄い胸も上下する。
そして考える。
桂騎や時州瑠衣にどう説明すれば理解してもらえるか、ではない。
どう説明したら信じてもらえるか、それが重要な課題だった。




