(2)
――なんだ、こいつらは……
独鈷杵を構えるゼンは、困惑していた。
存在そのものも奇妙だったし、『駒』とドライバーにしてもそうだ。
『ポーン』があるなら『キング』が存在しても不思議ではない。
だが、そんな駒をあの瑠衣が開発していたとは聞いていない。
いくら秘密主義の駄ウサギとは言え、新技術や戦力を出し惜しみする状況下でもないだろう。
……ゼンはデジャヴュを感じていた。
出処不明のドライバーに、存在しないはずの上位種の駒。
甲高い女の狂笑が脳裏に響く。
――忍森冬花。
彼女の名前が頭をよぎった。ゼンの肉体は、それと同時に横にスライドしていた。
牧島を取り巻く忍者の一人が、手裏剣を放ってきた。
頭を貫くだけの質量を持っているそれが、ゼンの足下で深く突き刺さる。
そこにすかさず、一体が先駆け、片刃の剣を振り上げ飛んだ。
それを飛び蹴りで撃墜する。
軽い。いや手応えそのものがない。
覆面越しの雑魚の表情は間近にあるのに判然とせず、霧がかかったようだった。
全体の総数は、本体であろう牧島を含めれば二十数名。
蹴り飛ばされた忍者が地面に落下し、ゼンは着地する。
倒れ伏した肉体の上に、自らの身体を転がせた。直前まで自分がいた空間に、短剣のような鉄器が投擲される。
――苦無って……。
ゼンであっても名称ぐらいは知っていたが、それにしてもこれで苦も無く死ねるとは思えない。
叩き伏せた一体目にのしかかる間際、独鈷杵をその頭部へ叩き込む。
罪悪感も抵抗もなかった。そしてやはり、手応えも。
そして忍者兵は、断末魔ひとつあげずに
この時点でゼンは、彼ら二十数名の敵が牧島によって生み出された傀儡だと看破していた。
そしておそらくはそれこそが『キング』の駒の基本スキル。
王の名に相応しい、数を従える力ということになるが……。
瞬間、背後から刀の気配が迫る。
とん、とゼンは爪先で大地を叩いた。
その大上段からの斬りかかりは『初歩跳躍』によって難なくかわし、背後に回る。
逆手に掴んだ独鈷杵を延髄に突き込み、その肉体を掴んで第二に飛んでくる手裏剣の盾とする。
また、跳ぶ。
今度は敵の背後ではなく、真正面に。そのまま頭上に飛び乗り、刺し、またそれを踏み台に飛び、別の一体の背を薙いで偽りの外皮を削ぐ。
……その傷口からのぞくものは、空洞。そこからこぼれ落ちたのは、一枚の木の葉だった。
「何をしている!? そこな草蛙に跳ね回るヒマを与えず攻め立てろ!」
と、敵陣の奥深くで牧島無量がわめいた。
反応はいちいち小物くさいが、物量押しという作戦自体は、正しい。
まして敵は、ヤツの意図に従って機械的に、一糸乱れない団体行動をとってくる。
にわかにその色を変えた忍者集団が、両翼を伸ばしてくる。
正面は突出せず、手裏剣や苦無で牽制してくるから、左右の動きを止めることもできない。ただ後ろに逃れるだけだ。
その時、ふとゼンの脳裏に数日前の言葉がよみがえる。
「新田くんの攻撃、読みやすいからなぁ」
何度目かの模擬戦の後「何故自分のスピードに対応できるのか」という疑問に対する、桂騎習玄の返答だった。
変化球を織り交ぜ相手を翻弄するスピーディーかつトリッキーな動きが自分の持ち味だというのに、まずそこから否定されては立つ瀬がない。
なんでだよ、と口を尖らせるゼンに習玄は水筒に口をつけて、水を飲んだ。
「ほら、新田くんは一度こうと決めたら絶対に迷わないじゃないか」
そう言ってから自らの言葉を即否定するように、いやいやと相棒は首を振る
「それ自体は悪いことでもないか。むしろ、中途半端な迷いがあったほうが失敗を招く。その点新田くんには判断を誤っても、敵の流れに乗じて自分の力にできる思い切りの良さがある」
……と、褒めているのか貶しているのかよくわからない評価を与えられる。
反応に窮して苦い顔を作るゼンの前で、「でも」と少年は付け足した。
いつものようにじっと見つめて、こっちが赤面しまうほどにまっすぐな言葉で。
「視野は広く、そこから導く出される選択肢は多く持った方が良い。それを迷いなく実行に移すことができれば、君はもっと強くなれる」
――カンタンに、言ってくれる、なッ!
だいたいスタジアムでの決闘含めて、五戦二勝二敗一引き分けのヤツに言われたくもない。
が、そこに奇妙な説得力があったことも確かだった。
「……っ」
忍者がゼンの左右から、今度は鎖分銅を投げ放つ。
重い風音と共に飛来するそれらに、武器が絡め取られないよう捌きながら、さらに後退。
その背に、硬く冷たい感触が触れた。
目だけで省みれば鉄棒を入り組ませた遊具……俗にいうジャングルジムが、ゼンの背にそびえ立っていた。
その真新しい黄色さが、無意味に腹立たしかった。
「どうやら、袋のネズミ、いやカエルといったところか。いい格好だな、新田前」
せせら笑う巻島の気配は、やはり最奥にあった。
持ち主の手元に手繰り寄せられた分銅がゼンの左右で、ブウンブンと、縦に、あるいは横に回される。
それが左右に五体ずつ。
投擲武器の担当は真正面にいて、五名、それぞれに苦無やら手裏剣やらを構えている。
彼らはゼンが瞬歩を用いても辛うじて届かない距離、といういやらしい案配の地点にいて、彼の前進を拒んでいる。
「一斉射撃!」
勝利宣言に等しい高らかな号令が、夜ノ公園に響く。
その意に従いめいめいの武器を投げるそれらを前にするゼンに、笑みはなかった。
そこにあったのは、呆れだった。
「いいカッコなのは、こっちのセリフだ。……ほんとうに、都合よく引っかかってくれる」
とん、と踵で土を叩く。
『初歩跳躍』の着地点は、前ではなかった。
自らの背後、ジャングルジムの中。
本来ゼンを貫くはずだった短剣は鉄の骨組みに阻まれて、本来ゼンの細腕を絡め取るはずだった鎖分銅はその骨組みに複雑に絡め取られる。
「っ、なにをしておるかッ!?」
そう命じたのは自分だろうに、さっきとは色の違う声で張り上げ、自らの手裏剣を大きく振りかぶって投げた。
回転し、戦闘機のように旋回する十時手裏剣は、ゼンの籠もる遊具の根本を刈り取っていく。
倒壊しつつあるジャングルジムの中、ゼンは器用に細い身体ですり抜け、上へとのぼっていく。
そして彼がその檻の中から頂上へと脱出し、夜空に身を投げ出したのと、ジャングルジムが完全に倒れたのは、ほぼ同時だった。
身体を上下逆さまにしながら、彼は腰の錠前へ独鈷杵の尾を差し込み回す。
《Checkmate! Pown!》
機械音声と共に錠前から溢れ出た光が、ゼンの総身を覆い包む。
その黄金色の稲妻は変則的な動きで滑空し、十五体もの敵を貫いていく。
琥珀の残光が尾を引き、次から次へと忍者の虚像を撃破し爆発させていくさまは、数珠と数珠とをつなぐ針と糸を思わせる。
「それにしても」
光が淡くかき消えて、中から現れた新田前は、ゆっくり立ち上がる。独鈷杵を真正面の牧島に突きつけて、
「お前、実はたいしたことないだろ」
と言った。




