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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
番外編:見ていてくださいオレの変身
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(5)

「疲れたよ……本ッッ当に疲れたよっ」


 事が完全に終わったゼンは、井戸を適当な場所で解放した後、自分たちの教室でメイド服からジャージに着替えた。

 ただ下着はそのままだったので、心許なさを感じる下半身を引きずるように市街地へ赴き、服飾の店で下着を買った。


「……お疲れ様です」

 律儀に付き合う習玄は、彼の自らを捨てた行為の数々に、敬語を外すことができずにいた。

 ……その大半は、ゼン自身の失敗が原因なわけだが。


 店を出ると、すっかり夜だった。

 十一月の下旬というのに寒さはもう冬のそれで、習玄にコートの必要性を強く感じさせた。

 観光地である美観地区に沿うかたちで、ふたりは歩いている。

 灯りを頼りに表通りで、『目当ての店』をそれとなく目で探る。

 足を止め「遅くなります。夕飯不要です」とメールで下宿先に送る。

「さて」

 と苦笑をゼンへと向けた。


「新田くん、メシおごるよ」

「あ?」

「ほら、約束しただろう」

「あー」


 そう生返事するゼンの手元では、彼の着ていたメイド服が紙袋に丸められてしまい込まれて揺れている。

 最初着ていた本人は焼却処分をしようとしていたが、瑠衣がそれを止めた。


「世界初だろう。物質化した龍脈で織られたメイド服とか。よしんば出来たとして実際作るバカはいないっ! それが今偶然この手にあるという」


 という、どこまでも個人的な理由で。


「どんなスキマ産業だよ……」

「それをすてるなんてとんでもない!」

「それ言いたかっただけだろ!?」

「というかチェスの駒作る方もたいがいだと思いますが……」

「カッコイイだろ? でも本当はミニカー作るつもりだったんだ」

「やめろ」

「すたーとゆあえんじん!」

「やめろっつってんだろ!」


 ……そんなやりとりが延々と続き、結局この話はうやむやになった。

 ゼンは忌々しい記憶もその象徴も捨て去ることができず、放心状態でそれを持ち歩いている。


「で、なにか食べたいものあるかね?」

「……なんでもいーや。なんでもやけ食いしたい気分だ……」

「じゃ、あれで」


 習玄が指を向けた先には、一枚の看板。さらにその下には、同じコンセプトとカラーリングの店があった。

 黄色い下地を横切るように、赤いペイント。それはゼンにとってトラウマもののメニューを思い起こさせた。

 というかオムライスの専門店だった。


「……っ!」


 そのケチャップに負けないぐらい顔を真っ赤に染めたゼンは、紙袋で習玄の後頭部をはたいた。

「いたっ、いたたっ! ……なにを!?」

「やっぱバカにしてるだろお前!?」

「してないよ! ただ新田くんのオムライス見てたら食いたいなー、とか思っただけだって」

「じゃあなにか!? その煽りのセンスは天然ものかよっ!? とんだパッシブスキルもあったもんだ!」


 と、店前で口論するふたりだったが、習玄は悪びれた様子はなく、ゼンの怒りは留まることなく、そして沈黙を守るウサギは絶対に面白がって傍観している。


「というか、なんだかんだで新田くんも足止めたじゃないか」

「それはっ、お前がヘンなもの指すからだろ!?」


 ゼンはそう否定したが、さらにそれを否定するように


 くう


 とゼンの腹はかわいらしく悲鳴をあげる。

 朱に染まった目で恨めしげに自らの腹部を睨む美少年に、ククッと低い嗤いが送られる。


「強がったところで身体は正直じゃないか。……よしよし、人生で一度は言いたかったセリフが言えたよ。ありがとう、新田」

「こンの駄兎……っ!」

 またメイド服を振り上げそうになる相棒を、習玄は「まぁまぁ」と肩に手を置きなだめさせる。

 何はともあれ、活力が戻ってきたようで何よりだった。


「とりあえずは、腹ごしらえといきましょう。新田くん、何頼む? なにがオススメだ?」

「知らんわっ! ……あ、でもこのシーフード、美味しそう……」

「よし、じゃあ俺もそれにするか」

「お前は別のにしろよっ、食べ比べできないだろ。……じゃなくてっ! ……もうひとつの約束、忘れてないよな?」

「そうですね。腹ごしらえしてから先生をボコりましょう」

「カツラキ君はわたしにもう少し温情をくれても良いんじゃないのかね」


 そうして彼らは明るい店内に飛び込んだ。

 新田前の長い一日は幕を下ろした。


 ……メイド調の制服を着たウェイトレスに、彼は少ししこりのある苦笑いで応えていたが。


 □■□■


 明くる朝、学校の非公式広報『よもぎ』では、奇妙な怪談が掲載された。

 曰く「謎のメイド、夜の校舎を大疾走!」

 外部から窓越しに盗撮されていたその元メイドは、その新たに誕生した七不思議の記事を握りしめ、


「あの女ァ……誰の尻が入らなかったせいで……っ!」


 と、憤っていた。習玄は同好会の拠点に突入しようとする美少年を苦笑まじりに押し止め、彼らが直接衝突することはなかったという。




 ……だがその彼にしても、ふたりの仕事仲間が意外な形で衝突することなど、この時点では予想のしようもなかったのだった。




 番外編:見ていてくださいオレの変身……またのご来店、お待ちしてますニャ☆




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