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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
番外編:見ていてくださいオレの変身
45/121

(3)

「はい、ヨーイスタート」


 ちょっとした打ち合わせと淡々とした合図の後、新田前はにこやかにスカートを翻した。

 たとえその背後に憤怒の仁王を背負っていようと、顔が必死になになをこらえて強張っていようと、それは精一杯の笑顔に違いない。


「いらっしゃいませ、お客様!」

「死ね!」

「ぶふっ!?」


 開始から3秒と経たずして、監督からカットさせられる。強制的に。マジで法力(リキ)の入ったパンチが、ゼンの腹をぶっ叩く。

 痛みに身悶えるメイドの目前で、『女装少年、悲劇のメイド喫茶』の総演出兼総合監督兼小物担当は、声高らかにダメ出しした。


「貴様、なに考えてる!? 『いらっしゃいませ』じゃなくて『お帰りなさいませ』だ。『お客様』ではなく『ご主人様』だ! こんな初歩的な部分で躓くとか何年メイドやってるんだ!」

「今まで一秒たりともやってたことないわ!」


 なーんだ、と人形はテーブルの縁に腰掛けて言った。

「てっきり変態ども相手にコスプレは一通りやったと思っていたが、『吉良会』の老人ども意外にウブだな」

「……別に今さら気にしてないから良いけどさ、アンタ血も涙もないレベルで性格とクチ悪いよな」

「この身体、血も涙も通っちゃいないのでね。ちなみにクチは開きっぱさ。HAHAHA」

「……そして自分を容赦なくネタにして笑えないジョークを飛ばすし」


 先生、と習玄が呼ぶ声は自分でも驚くほどに低く、冷たかった。


「で? お客役のカツラキ君は詳しいのかね。どーにもこういうことには疎い気がしてならないのだがね」

「実のところ、それほどは」


 先々月の鏡塔学園祭にも、似たコンセプトの模擬店はあった。来年受験するみのりにせがまれて、一緒に入ったことがある。としても、正しくその意義や魅力を理解しているとは習玄自身も思っていない。


「そうか、やはりな」


 そして自分に対する怒りには反応せずにそうして話題を振ったことは、瑠衣なりの場への気遣いだったのだろうか。


「ではこのわたしがッ! おのぼりとカッペの小僧どもに! 直々にメイド喫茶のなんたるかを伝授してやろう!」


 ……いや、なにも考えていないに違いない。

 というかメイドへの一念しか頭にない。

 万が一井戸が目覚めれば、良い師弟関係が築けるんじゃないか、と思わなくもない。


「そもそもメイド喫茶と一言で言っても、その形態やサービス、コンセプトは店によって大きく異なってくる。執事喫茶、妹系喫茶、後輩喫茶に戦国武将喫茶……亜種を数に入れればキリがない」


 延々と続く講義を、習玄とゼンは姿勢を正して傍聴していた。

 そうしたかったわけでもないが、そうしなければならないと感じさせる、鬼気迫る気配が、5、6cmの人形から立ち上っていた。


「まぁここは井戸のいきつけだった『カフェ・ご奉仕・もえきゅん・パラダイス』がモデルとなっている空間だ。ほら、天井に星が見えるだろう? あれがこの大手チェーン店の特徴だ」

「心底どうでも良すぎる……」


 ボソッと愚痴をこぼすゼンを、まぁまぁと習玄はなだめる。


「で、ここの基本的なストーリーは以下のようになっている。太陽系第008星雲の『MADE星雲』、そこで生を受けたメイド達は成人の儀式として、15歳になると地球にワープ航行して真実の愛を求めてやがてその中から運命の殿方を」

「ちょっと待ったァ!?」

「なんだね新田、もとい『まえまえ』ちゃん」

「勝手に源氏名つけんな! っていうか何!? そのなんか深そうで薄っぺらい設定!?」

「15歳でアルバイトで、わあぷ渡航、て」


 めいめいに不満や矛盾点を述べ立てる二人の前で、ヘッとウサギはやさぐれた吐息をこぼし、テーブルの上で寝そべった。

「良いんだよ、適当にそれっぽい設定ブッ込んどきゃ後は勝手に受け手が考察して熱を上げるんだから」

「……身も蓋もないな」

「まぁその設定を念頭に入れて、前口上から再開だ」


 □■□■


 そしてテイク2。

「……お帰りなさいませ、ご主人様!」

訂正された前口上は、愛嬌はなかったもののヤケクソだったので、明るさはあった。ただ新田前の中で何かは確実に壊れたようだった。


そんなことを彼に強要している鬼畜ウサギの反応はどうか。

しきりに不満げにうめき声をこぼしているものの、カットの号令は入らない。そのまま次のステップに入る。


「ご注文はいかがなさいますかぁ」

 とメニューをカウンターから取り出したゼンと、それを見た習玄は異口同音「げ」と短く声を漏らす。

 ゼンは

「なんだこの恥ずかしい名前……っ!?」

 と憤り、一方で習玄は

「……高くないですかね……?」

 と苦い顔をする。


「カツラキ君は何か勘違いをしている」

「勘違い?」

 両者の疑問、不満を前に、まず瑠衣は習玄の問いに答えた。


「例えばオムライス。確かにそのメニュー、オムライスの単価を考えれば暴利もはなはだしい……だが」

「だが?」

「それはかわいいメイドさんとの、オムライスをツールとした交流の時間の価格なのだ! そして実際やらせたらお縄になるような恥ずかしいサービスを無理強いさせるお値段でもあるッ!」

「店も客もゲスいな!」

「ということで『まえまえ』にその羞恥プレイの数々を実践してもらうとしようか!」

「そしてアンタはもっとクズだな!」

「あ、じゃあせっかくなんでこの『もえもえ胸きゅんきゅんのお☆様オムライス』をお願いします」

「お前は真顔で頼むな桂騎ィ!?」


 一人と一匹のボケと天然ボケに打てば響くようなツッコミを返しつつも、この事態をどうにかしなければ先には進めない。不承不承、ゼンはカウンター裏のキッチンへ向かった。


「悪い悪い。お腹減っててさ」

「ったく」


 彼らの要求に呼応するようにいつの間にかそこには材料が出揃っていた。だがそれを前にしたゼンの表情は、微妙に険しさを増していた。


「……どうした? まさか新田のヤツ、料理できないのか?」

「んなわけあるか。料理ぐらい心得てて当然だろ。……けど、これケチャップライスとかもう作ってあるんだよな」

「まぁ大抵こういうものは工場で調理済みだったりするしな。楽できて良いだろうに」


 瑠衣の言うことは珍しく道理だ、と習玄は思った。

 と、同時にそのことにゼンが表情を曇らせる理由を察した。


「……ん、ひょとして新田くん? 最初から料理できないのが残念? 料理、好きなのか?」


 バッと勢いよく振り返ったメイドは、顔から首筋まで真っ赤に染めて、目は大きく見開き、空気を孕んでたわんだその髪が、ブラッシングした犬のように逆立っている。

 ……図星を当てられた時の、新田前の表情だった。


「なぅ、ん、んなわけ、ないだろ……バカ! バッカじゃないのか?!」

「新田くん、取り乱すと語彙力が低下するんだよなぁ」

「うっさいよ!」


 とゼンは全力で否定したが、その裏返しのようにせわしなく両手は動いている。

 溶いた卵を油を引いたフライパンにかき入れ、無駄のない手慣れた感じで焼き上げていく。


 その後ろ姿を見ていると、兄の料理する背が思い起こされる。母には作ってもらったことはついぞなかったが、切れるような手さばきは料理達者のそれだった。


「どうしたねカツラキ君? 急におセンチな目をして」

「いえ別に……ただ、楽しみです。新田くんの手料理」

「……おいおい、食べるなよ。我々はこんなところの遊びに来たんじゃないんだぞ」

「ハハハ、そのお言葉、先生にそっくりお返ししますよ」

「不自然に出現した材料で調理したものなんて食ってみろ。それこそヨモツヘグイさ」

「残念ですね」


 肩をすくめた習玄の前に、ドカンとプレートに乗ったオムライスが叩きつけられる。

 味見もできないから見た目で判断を良し悪しを判断するほかない。それでも、型崩れすることなくふんわりと仕上がったそれは、習玄の空の胃袋を刺激するには十分だった。


「品のない置き方だな。それに肝心のものが抜けている」

 とウサギがまたしもケチをつける。


「……添え物のパセリか?」

「ノウ! ケチャップだよ! 文字とかイラストとか書けよ」

「あぁ、何かが足りないと思えば、そうでした」


 習玄も手を打った。

 確かにみのりがいつぞや作ってくれたお手製オムライスには、猫が描かれていた。

 そのイラストは愛らしかったが、味は評価しがたい。コメントしづらい。要するに微妙だった。


「……じゃあ、何描けば良いんだよ?」

 苛立った様子で、ケチャップ片手にゼンは尋ねた。ただしその問いは、まっすぐ一直線に、桂騎習玄に向けられたものだった。

「わたしが」

「アンタじゃないよ。……どうせクッソ難易度高いのとか、マニアックなのとか要求するんだからな」


 ――だから、俺が指名されたと。

 習玄は思案する。

 今のゼンの発言を考慮に入れれば、

「比較的絵として再現しやすいもの」

 そして、

「一言で容易にイメージの伝わるメジャーなもの」

 となる。

 図案が脳裏に閃いた。これならゼンにも納得してもらえるだろうと、満面の笑顔で、声を高らかに轟かせ、自らの返答を一直線に届けた。



「ハートマークでお願いします!」



 メイドキックが飛んできた。

 ……やっぱり下も、着替えていた。


「ふざっけんなお前! なんでその一択なんだよ!?」

「いや、だって簡単だし、分かるでしょ?」

「だだ、だからって……なんでお前っ、なんかに、は、ハートマーク……とか」

「こーゆーの、逆に意識した方が気色悪いよなぁカツラキ君?」

「黙れ駄ウサギっ!」


 蹴りを防いだトレイの向こう側で、紅潮したゼンは、ぶんぶんと片手を振っていた。


「じゃ、犬でお願いします」

「最初からそう言え」


 毒づくゼンは、ケチャップを絵の具に黄色いキャンパスに犬を描く。

「ほら、できたぞ」

 どことなく誇らしげにそう言う彼を、習玄は微笑ましく見ていた。

 が、描かれた『犬』を見た瞬間、笑みが消えた。

 額に汗を浮かべて熟慮し、やがてウサギへ向けて視線を送り、文化や芸術に明るそうな彼へと助けを求めた。


「先生は、どう思います? 俺はこういうことには疎いですが、なんていうかその、深い、と思いました。この抽象画は、いや象形文字は、飼われる身の悲哀を描いていると思います」

「あれだ、一種のロールシャッハだな。まぁこれを『犬』だって答えるようなヤツは、一発でサイコパス認定食らうがね」

「そこのなんちゃって評論家ども、頭並べろ。ケチャップの海に沈めて強制的にヨモツヘグらせてやる」


 まぁまぁ、とウサギは指関節のない手を持ち上げて、静かに怒るゼンをなだめた。

「絵のスキルはともかく、君は最後の仕上げを欠かしている。とりあえず反省会はそれを見て、爆笑してからだ」

「なんで爆笑前提なんだよ……っ! なんかイヤな予感がするんだけど、これ以上何すりゃ良いんだ?」


 瑠衣は短い足を投げ出した。テーブルに備え付けられた花瓶を背もたれに、さながらホンモノの人形のようなスタイルで腰掛ける。

「このオムライスを注文するとね、注文されたメイドさんにはある儀式を行うことが要求される」

 そうしてゆったりと、ゆっくりと体勢を整えてから、人形は低い声で、真剣な調子で答えを紡ぐ。


「おいしくなるはぁとのおまじない」


 ……習玄にも、そしておそらくゼンにも、目の前の人形が何を言っているのか理解できなかった。それ自体が、一節の呪言のようにさえ思えた。


「だから、おいしくなぁれって言いながら、キュルキュルキャラーンとした、可愛らしいポーズで言うおまじないだよ。やるんだよ」


 凍り付いた女装メイドの前で、良心が痛んだ様子は欠片も見せずに、人形はそう命じたのだった。

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