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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
番外編:見ていてくださいオレの変身
43/121

(1)

「日ごろはなんとも覚えぬ鎧が、今日は重うなったるぞや」


 ……とは、平安末期の戦国武将、木曽義仲が敗亡の末、木曽へと落ち延びる際の言葉だそうだ。

 つまり身につける物は、着る人間の気持ちによってその重量が変化すると言って良い。


「……」

 今まさに、新田前の視線の先、フリルのついたテーブルクロスの上にあるものは、その布地の薄さに反して、最重量級の圧迫感を彼に向けていた。


 そのフリフリとしたエプロンは重石に見えた。

 穿けば腿の付け根まで見えそうな、非機能的なフリルのスカートは鉄板を折られてできたのではないのかと疑いたくなる。

 生地の薄いガーターベルトは、鋼の糸を編んだのではとさえ錯覚する。


 ……そんなことは、まったくないのだろうが。


 おそらく何度見返しても、それはメイド服一式だろう。

 しかも、どっちかと言えば店頭で「お帰りなさいませご主人様」とか言ったりオムライスにハートを書いたりジャンケン大会したりするアレだろう。


「で……これを着ろと?」


 目の前で拝むようにしている桂騎習玄の頼みから、しばらくしてから、ゼンはかろうじてそれだけ言った。


「……新田くんしか、この中で合う人いないから」

「こ・と・わ・る・ふ・ざ・け・ん・な」


 自分でも理不尽を言っていることは、彼も承知しているのだろう。

 その言葉はいつも以上に歯切れが悪い。

 瑠衣(ウサギ)の方は普段どおり。「自分のために誰かが犠牲になるのは当然」と言わんばかりに、習玄の頭頂部でふんぞり返っている。


 目の前の少年が趣味嗜好からそんなお願いをしていないことぐらいは、ゼンにも分かっている。


「話はフリダシに戻るが」


 と瑠衣は言った。ゼンはため息をついて、周囲に視線を配る。

 かわいさてんこ盛りのレイアウトの店内は、どこを切り抜いて見てもメイド喫茶の内装だった。

 現実のものとは違う点は、カーテンをめくったガラス戸の向こう側には、龍脈の光流がほとばしっていることか。


「このメイド喫茶(コロニー)の『ご主人様』は、たいそうな恥ずかしがり屋なのかその身を隠されておられる。そこで極上のエサでもってヤツを誘い出し、ぶっ飛ばす。それが今回の作戦だ」

「なんか、変わった敵ですね」

井戸(いど)義弘(よしひろ)。クドちゃんの情報によるとこの三年坊主は風俗狂いならぬメイド狂いでな。バイト代はすべてメイド喫茶通いに費えている。……が、この町で唯一無二のメイド喫茶が先日潰れてな。なんかオシャレなクツ屋になるらしい。わたしもあそこ超オキニだったのに! これだからサブカルの需要に疎いクソ田舎はっ!」

「……まぁ先生の嘆きはともかくとして、それが引き金になって彼は龍脈に取り込まれた、と」


 なんとまぁ頭の痛くなる事情だ、とゼンは両者のやりとりを見守っていた。


「というわけだ、新田。ここはひとつ、ご奉仕してもらえないか」

「何が『というわけ』なんだよっ! この店を片っ端から引っぺがして敵を探せばいい話だろ!」

「そんなことをしたらバランスの崩れたコロニー自体が崩壊するおそれがある。そうなったら3人ともオジャンだよ」


 意外なほどに真っ当な理由が、ゼンの呼吸をぐっと詰まらせた。

 とは言えゼンにも代案がないわけでもない。


「だ、だったら、さっき話に出てた九戸社を呼べば良いだろ!? なんのためにあの女にドライバー渡したんだ!」

「外界との連絡は取り付けられないよ。実際に入るまで龍脈内部の状況なんて想像つかなかったしな。よしんば呼べたとして、わたしの見立てでは彼女、まずそのスカートで引っかかる! 品のない言い方をすれば尻で引っかかる! だが新田、君ならばいける! さぁかつてのように男相手にケツを引き締めるのだ!」

「このウサ公、想像を絶するレベルでクソだな!」


 いわれなく滑り出る罵詈雑言に、ゼンは怒りを通り越して呆れた。

 人形を邪険に手で払い落としてから、習玄もまた説得のために近づいてくる。ゼンは身構えた。


「……新田くんなら似合うと思ったんだが、残念だ」

「その残念がり方おかしいだろ! 女装が似合うとか言われて嬉しいと思うわけないっ」

「いやぁ、女装だってひとつの才能、技芸だよ。そんなにキレイな顔なら、戦闘においては初戦の俺のように容姿で惑わし不意を突ける。女に化ければ諜報や工作でも活動範囲が広くなるし人脈も作りやすい。そこは新田くんの武器だと思うよ」


 ――まったくこいつは……

 なんでもかんでも、戦いに絡めたがる。

 ゼンは呆れながらも、その言葉が本心から語られていることを彼の目から悟った。顔を熱くなり、視線をそらす。


「ただまぁ、新田くんだって男だからな。女性である九戸先輩でも入らないということは、なおさら入らないわけで」

「当たり前だろ」

「……ほんとに入らない?」

「だから入らないって」

「いやぁ~、でもなぁ……」


 半信半疑という眼差しが、ゼンの自尊心を刺激した。


「しつこいなっ! できないもんはできないんだよっ」

「じゃあ一回だけ試してみる?」

「あぁしてやるよっ! やりゃ良いんだろやりゃっ!? …………あれ?」


 □■□■


「……で? あのメイドは何故奉仕もせず、客席で頭を抱えているのかね?」

「アッサリ口車に乗せられたことと、すんなり穿けてしまったこと。二重の意味で落ち込んでるのではないかと」

「君も策士(ワル)よのぉ」

「……いや、俺は冗談で言ったつもりでしたけど」


 今更そうなってしまったことは覆しようがない。

 罪悪感を覚えつつ習玄は、まじまじと悲劇の女装少年を見つめた。


 ――ほんとうに、俺と同じ男には見えないな。


 失意の美少女がそこにはいた。

 元々髪量は多い方だから、カチューシャを当てて束ねればきちんと女の子に見える。

 引き締まったようでいて、ふにふにと柔らかさを保った肌は、ミニスカートの裾を掴んだ手といい、ガーターベルトで扇情的に飾られた脚といい、切れるような白い光沢を放って、色々な意味で目によろしくない。

 羞恥と屈辱でウルウルとした眼差しは、思い出したかのように時折、鋭い眼光を帯びて鋭く習玄たちへと向けられる。


 以上が少女ではなく相棒であり男性であるという事実が背徳的で、倒錯的で、それはともかくとして可愛かった。

 習玄はその可憐ないきものの前、テーブルを挟んで座る。


「大丈夫だ新田くん。違和感ないから、すごく」

「ほかにもっと言うことあるだろうがあぁっ!」

 ゼンは激しい怒りを習玄に浴びせた。

 習玄は甘んじて彼の激怒を受け入れて、

「……申し訳ない」

 素直に、頭を下げた。


「確かに、悪ノリが過ぎました。やっとの思いで組織から脱却した新田さんの意に沿わないことをさせてしまった」


 自らの武を、力の限り試す場、それを新田前は求めていたはずだった。

 なんか自分から乗ってきたのはゼンの方だが、軽はずみに彼をからかってしまった自分にも咎はある。

 軽く自己嫌悪に陥る習玄の頭に「おい」と声が落ちてくる。


「また、敬語に戻ってる」


 ふてくされたように唇を尖らせたゼンの顔が、持ち上がった習玄の目線の先にあった。

 ゼンの表情に怒りはない。軽い不満だけのようだった。

 いつもは仰ぐ側の彼が、習玄の傍に立ってじっと見下ろしている。

 腰に手を当て、上半身を折り曲げてて。


「……良いんだよ、別に。オトコとして扱われるか、女として使われるか。そんなことは……それ以前の問題だったんだから」


 ゼンはくるりと背を向けて、腰に後ろ手を回して言った。


「この間までのオレはさ、何もかもが中途半端で、ずっと他人の良いように扱われてた。それがイヤで、ワケわかんないまま自分の身を削っていく現実から逃げ出したくて、それでこの仕事に飛びついたんだ。……けど、そもそもオレには行き場所なんて決められなかった。逃げた先に何があるのかさえ、自分がどう生きていくかさえ考えてなかった。……そんなんだから、結局誰かに利用されるだけだってのにな」


 そう自嘲の色を声音に滲ませるゼンの背に、習玄は否定の言葉をかけようとした。

 だが、その気配を察したのか。ゼンのほっそりとした手が持ち上がる。習玄の声を遮った。


「けど、今は違う。お前への借りもある。どこかの誰かに散々コケにされた悔しさもある。……だから、この事件に決着をつけるのは、オレの意志でもあるんだ。そのためなら、タマにはこういうカッコも悪くない。さっきお前が言ったように、ひとつの能力として受け入れる」


 苦笑まじりに丈の短いスカートを翻してみせる似非メイドに、習玄もまた苦く笑み返した。

 ――でも、きっと彼にとって厳しくなるのは事件そのものじゃなくてその後……


 習玄の懸念を汲んだかのように、「大丈夫」と目の前から声が聞こえる。

 静かで優しい輝きに満ちたゼンの両目が、うっすらと細められていた。


「こんなオレの、どんな部分を知ったとしても、それでもオレと組みたいと言ったバカがいる。そいつが一緒に歩いてくれる道に、きっと後悔なんてないよ。……桂騎」


 新田くん、と彼を呼ぶ名が掠れた声で出てくる。

 ――今なら、言えるだろうか? 言っても許されるだろうか……?


「……ずっと、君に言えなかったことがある。どうか心乱さず聞いて欲しい」

 なんだ? と聞き返す調子は、普段の穏やかさを取り戻したようだった。

 意を決して、剥き出しの両肩を掴む。その皮膚の薄さ、骨の細さ、肌の滑らかさ柔らかさ、すべてに対する印象を封印し、ぐっとこらえて顔を近づける。


「新田くん、さっきあのついたての裏で着替えたよな?」

「あ? あぁ……女装の着替えを人に見せるシュミないからな」

「実はね……うん。実は、その、なんだ。言うタイミング逃して……とてもいい話を聞かせてもらったんだけど、なぁ?」

「なんだよ、はっきり言えよ」


 そう促されては、もはや隠し立てすることは不可能だった。

 ぐっと大きく息を呑んでから、




「実は着替えてる時、もう敵倒した」




 倒した、たおした、たおし……

 決して声は張り上げていない。そんな蛮勇もない。だが、習玄の告白は空疎な店内をあまねく駆け巡った。

「………………は?」

 あるいはそれは、虚ろな表情のゼンの、心の中での反響だったのかもしれない。


 ぷく、ぷっぷくぷー、と。ここまで沈黙を貫いていた瑠衣が、たまりかねて噴き出した。

「なんだ、まるで気づいてなかったのかね。戦闘の音も、向こうのイスで寝そべってる井戸の姿にも」

「『メイド服の生着替えの生音、福音にも等しい……』とか言って飛び出てきてさ」

「ふ、くくくく。てっきりそのままメイド服着たいと思って気を利かせてやったのに」

「…………」

「ま、まぁアレだ。新田くん、似合ってるから。……違和感ないほど」

「…………」

 習玄の慰めに、メイドはしばらく反応しなかった。


 乾いた笑いがその喉奥から漏れ聞こえる。習玄もつられて笑った。

 だが、その笑みの真意が純粋な喜びから来るのでないことは、習玄も察知していた。

 そろり、そろりと腰から引いて後退する。殺気でゼンの気配が膨れあがり、肌が震えたと同時に彼を弾き跳ばして逃げ出した。


「死ねっ! お前らみんな死ねっ!!」

「でも新田くんっ、さっきタマにはこういうカッコもって……っ!」

「うっさいバカ! 殺してやるっ、そしてオレも死ぬっ!」


 声を裏返してフォーク片手に迫りくるミニスカメイドの攻撃を、習玄は店内のオブジェを障害物に回避していく。

 と、同時に思った。


「……新田くんが流されやすいの、単に周囲の問題だけじゃないと思うがなぁ」


 ぼやいた習玄の側頭部を、飛来したトレーが叩く。

 美しい金属音を奏でながら、桂騎習玄は昏倒したのだった。

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