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(3)

 習玄は、氏家みのりがそうしていたように、花壇の前にしゃがみ込んでみた。


 数分前のみのりと同じ視点に立つことで、情報を共有しようと試みた。

 何しろ、何ら事前情報をもらえないまま、彼女を去らせてしまったのだから。

 そして責任感を感じていた少女に代わり、自分が代わりに人形を見つけてやる義務がある。そう、痛感していた。


 薄闇で閉ざされた視界の中、手探りで土や雑草をまさぐる。


「そっちじゃない。中等部の二階だ」


 また、頭の中で声が反芻する。

 自分が正気を失った、というには少年のような声の響きとその内容は、現実味を帯びていた。


「……」


 全面的にその声を信用したわけでもないが、他にアテもない。誘われるままに、校舎の方へと足が向き、出入り口のドアガラスを押し開く。


 ばたん、と音を立てて閉じる音さえ、肌を振るわせるほどに大きく響く。

 こんな日に限って、人の気配はない。まるで人為的に、そうした空間が作られているような気さえする。


 来客用のスリッパに履き替えて、非常灯の緑色の光だけを頼りに進む。

 清潔感の保たれた白い壁やタイルが、かえって不気味に見えた。


「そっちじゃない。右の角が階段だ」


 まして、怪現象じみた声が、いずこかへ自分を導いている最中だ。

 心穏やかではいられるはずがない。

 ――自身の命運を、見知らぬ誰かに唐突に託すのも気が引ける。


 犬の遠吠えのようなものが聞こえる。

「!」

 思わず身を強ばらせて、外の側を向く。

 すぐ近くで、何かガラス質のものが破壊されたような音も、耳に飛び込んできた。

 それらが、習玄の目線を移動させたのだった。


 何か黒いものが視界の片隅を過ぎていった。窓ガラスの破片が、そのフロアより上から降り注いで白熱灯を照り返す。


「気にするな」

 と声は伝えた。

「君には関係のない話だ、今はな。……さて、どうやら無事二階に到達したようだな。では、そのまま左に折れてくれ」

「……はぁ……わかり、ました」

 思わず声にして生返事をしてしまう。


 2メートルほど進んだ先、習玄の夜目が、転がる小さな影を捉えた。大きさも例の人形に近い。

「あったあった」

 と近寄って、中腰になって手に取り……まずその質感に、桂騎習玄は疑問を持った。

 ツルツルとした手触り。ゴツゴツと角張った輪郭。非常灯に照らしてみれば、サイズはともかくまったくの別物だった。


 それは、チェスの駒であり、鍵でもあった。

 大粒のルビーをくりぬいたかのような鮮やかな色の赤は、たとえ不明瞭な世界であっても不思議な威容と存在感を持っていた。真四角のキューブを挟んで彫像と溝のついた鍵が対している。

 その彫像はあまりに抽象化されていたが、シンプルな輪郭が逆にそれのモチーフを

「馬……か」

 ……判りやすくしていた。


「言う前に拾ってくれたか。善哉善哉。じゃ、次はこっちも頼む」

「こっち?」

「向いてる方を、まっすぐだ」


 その声に従って、さらに先へ。

 半歩ほど奥の教室の前に、みのりのフェルト人形があった。


 どことなく気だるげな目つきのウサギの人形は、フェルトとプラスチックのビーズで形づくられている。

 探し物を見つけられたという安堵が、まずあった。


 だが損傷はひどかった。右足などは今にも取れてしまいそうだった。先日には見られなかった損壊が、そこかしこに見受けられた。


 ――いくらなんでも一朝一夕でここまでなるものか?


 時間の経過と共に発見の喜びから覚めて、違和感が強くなっていく。首を傾げる。


 その彼の目の前で、

「うんうん良かった。ギリギリセーフだ」

 先ほどと同じ調子の声が聞こえた。

 ……もぞもぞと、手の中で短い手足を動かしながら、声帯も意思もないはずの『それ』が、喋った。


 口を半開きにして唖然とする習玄の手中で

「あぁ、そうだ」

 とそれは、見た目にそぐわない美しいボーイソプラノを漏らした。


「それと、忠告しておく。……上だ」


 その声に弾かれた意識が、少年の顔を上げさせた。

 夜闇に塗りつぶされた窓に、自分の容姿が投影される。


 それを見た瞬間、思考と疑問を彼は即座に切り離した。

 反射的に低く屈み、前へと転がった。


 一秒前に少年の肉体があった空間を、鋭い大鎌が縦に両断した。


 立ち上がり、振り返る。

 移動する直前、窓に写り込んでいたのは、自分だけではなかった。

 大きく鎌を振りかぶった死神の姿が在ったから、彼は避けた。


 そしてそれは、会話をする人形と同じく、現実のものとして存在していた。

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