(14)
男か女か分からない骨格が、不自然な隆起を見せる。外套の上から鍵を呑み込み、人間かどうかさえ疑わしい形態へと変貌しつつある。
難産のように呻くその声からは、女の声色が薄れていくのが分かる。
代わり、獣の気配が色濃くなっていく。
――ここが潮時か。
習玄は無防備なその肉体に痛打を与えるよりも、逃走する術を探った。
膨張していく殺気と力強さは、肌を痺れさせる。それを放置するのは、進化させてしまった身としては無責任かもしれない。それでも、自分たちが無策で挑んでもかなわないのなら、今は逃げの一手だ。
もし後日、この存在を打倒できる方策を打ち立て、実行できる人間がいるとしたならそれは、自分たちしかいないのだから。
――即席の組み合わせで、ここまでやれた。新田さんも救えた。上出来だろう。
習玄は自らのベルトに引っかけた白い『城砦』を、ゼンへと投げ渡した。
「俺が殿やります。時間稼げて数秒ですので、その間に新田さんは退路を開いてください」
「……シンガリって、退路ってお前……」
大河ドラマかよ、と呆れる目つきのままに、ゼンは駒を受け取った。
《Check! Rook!》
まるでそれがクラウチングスタートの合図だったかのように、屈した魔人の上体が跳ねた。風に乗って飛んだ。もはやそれは四肢を持つ人型の身体ではなかったように思える。
習玄はもう一個の『駒』も持ち出した。
緑色にきらめく馬。練習用に貸し与えられたその駒を、ドライバーに差し込み展開する。生み出された碧槍と、金刀とを突き出した。
圧迫された傷口から血が吹き出たが、支障はない。
「……悪いですけど、貴方の力を推し量り、貴方の突撃を阻止するのが、この平野における俺の役割です」
狂乱の暴君を諫める臣下のように、冷静さと敬意を喪わずに示す。
模擬戦のための槍と、実戦のための小太刀とが交錯し、渾身のタックルを凌ぐ。
またも血が弾けた。今確かに目の前にいるというのに、その輪郭は大きくブレているように感じた。
刻一刻と変形しつつあるそれの姿は、もはやまともに視認できない。
「……桂騎!」
背後でゼンは声を張り上げる。
振り返れば、現世への路を開いたゼンが手招きしている。
動きと止めた巨体に蹴りを入れ、それを始点として再度跳躍する。
ゼンのすぐ背後に立った習玄の前後では、2つの存在が手を伸ばしていた。
自分を助けるために差し伸べるゼンのものと、どこか縋るように、必死さを感じさせるほどに無数に増殖する腕と。
習玄は奥歯を噛みしめ、背後に迫る腕を槍で振り払う。拒絶する。
そして新田前の手をつかみ取り、共に現世で未来を見る道を選んだのだった。




