(13)
偽りの白日を、琥珀の刃が照り返す。
――なるほど、小太刀か。
とゼンは脇目を遣りながら奇妙な感心と納得をしていた。
持ち手のポテンシャルと装填した駒によって、展開される武器や道具は異なるとは、関係書類にも記載があった。
ユーザーがその駒や象徴に対して抱くイメージ、それらの情報と龍脈が結びつき、最適化されたうえの形状とも。
確かにどことなく古武士を思わせる習玄の佇まいには、刀槍の類がぴたりと馴染んでいた。
そんな彼の手中には、習玄の朱槍と同じ色、似た寸尺の錫杖がある。
錫杖というものは本来、坊主が読経や声明の拍子付けのために用いられるものだが、この朱色の杖がそんな講釈のために使われる物ではないことは、分かっていた。
鋼の色の飾り……輪と呼ばれる部分には仏像はをあしらった部分が、鈴鳴りに似た清らかな発し、それが手を介し神経を通じて脳へと運ばれていく。
――だけど、こいつの剣の腕って…
ゼンは自分たちが不慣れな武器を手にしていることを自覚していた。もちろん、心得がないとは言わせない。少林寺拳法においては金剛伝とも言い、錫杖を武器として扱う術もある。それはそれとしても、長物の扱いに関してはレクチャーを受けたことがあった。
だが習玄はどうか? 剣道においては中の下程度の実力だったことは、彼自身が公言している。
と同時に、暴走した服部曽路が口走った言葉が、一瞬意識の片隅をよぎった。
……桂騎習玄は、その体さばきは、金物の重さを知っている。
ゼンの疑惑を払拭するかのように、風となって習玄は先駆けた。
再度鳴り響く金属音に引きずられ、ゼンもその場で構えをとった。
習玄の太刀筋は、正統派とも言うべき無骨で重厚なものだ。その辺りは先輩である服部に似た部分を持っている。
その正道の中に『初歩跳躍』という奇術を織り交ぜ、習玄は存分に斬り立てた。
例えるなら、とにかく速度と手数を重視して相手を翻弄するゼンのスタイルは激しいタップのようだ。逆に、セオリーどおりに自分を動かし、また敵もその予定された行動に引きずり込む習玄のそれは、ニュージカルや劇画の中で踊られるような、あらゆるオブジェ、ギミックすべてを計算づくのダンス、といったところか。
差異はあってもそこに優劣はない。むしろ見習いたい身体の動かし方もあるぐらいだ。
見とれてはいられない、とゼンは空間跳躍する習玄の着地点を予測した。
そこに先回ると、同じく動きを読んでいたのか、鈍く光る鎌が目前にあった。
ゼンは、錫杖の末端で白砂を叩く。
そこから発せられる衝撃波が、水晶質の障壁となって、一瞬押し戻した。
「お前も、試してみるか?」
背を習玄に預けたままに、ゼンは問う。
誰に向けた問いか。「お前も」とは、どういう意味か。
戦いにおいては、背後の少年はおそろしいほど察しが良かった。
習玄の肉体が自らを守護してくれた障壁を通過する。
一瞬対応が遅れた外套怪人の背後へ回る。大きく旋回したヤツの右腕を、鋭い刃が跳ね上げ切断した。
意識から外れた左腕を、錫杖の輪に備え付けられた半月刃、いわゆる金剛牙が噛みつき、削ぎ落とす。
前肢が切り離されたそれは、苦悶の絶叫を張り上げた。
その動揺に同調するように、天空が大きく揺らぐ。ノイズが入り、淀みが星のように瞬いては消える。
自分たちに形勢が傾きつつあることを感じて、ゼンと習玄は互いを見合って頷いた。
――ほんとうに、腹立たしいことに悔しいことに……
桂騎習玄と自分との相性は、このうえなく良かった。
空の揺らぎが収束する。獣の息使いが大きな一息によって整った。
腰から肩にかけて小刻みに震えるその魔人の両腕は、色とりどりの花弁の中に溶けて散る。
切り離された胴体部から、枯れた毒花が咲きこぼれて、重力に従って下へと伸びるそれが、新たに腕部を形成した。
――やはり、か。
ゼンは内心で呟く。
目の前の超越者が腕の一本や二本、再生ぐらいはしてのけるとは、予想がついていたし、覚悟もしていた。
だがその手の先にあるものは、双鎌ではなかった。
左の拳に握られていたのは2つのくすんだ朱色。
その輪郭を目にした時、ゼンも習玄も、思わず絶句した。
騎馬の駒と、歩兵の駒。
正規品よりもでこぼこと不格好なそれは、まぎれもなく、だった『駒』
「オレたちの『駒』を、複製したっ!?」
その魔道具を握り固めた拳を、逆の手が覆い包む。
そして時空を司る王者は、両腕で虚空に円環を描き、分厚い外套の上から薄い胸板に、その鍵たちを突き立てた。




