(3)
目は皿のように、口は洞のように。言葉もなく、頭髪は心なしが逆立っている風にも見える。
だいたいこんな顔が2つ並んでいたことだろう。
駅前の人だかりから少し外れた、大正期の赴きを残す美観地区。
そこの口にある公園で、それぞれの預金通帳を握りしめた桂騎習玄と九戸社は、呆然とベンチに座っている。
「報酬に、何か不足があったかね?」
瑠衣は習玄の膝の上で寝そべりながら、すごく普通に言った。
「いや、不足も何も」
「っていうか多すぎ、みたいな? 親に見せたらエンコーどころか銀行強盗疑われるレベルですよコレ」
社の言葉を受けて「そうか?」とウサギは首をひねる。オンボロとなったそれが本来駆動しない部位を無理に動かすと、言い知れない不安を覚えさせられる。
「実際に命を賭けたカツラキ君はもちろん、情報提供者であるくーちゃんの功績が大なるは明白だ。一日でも遅れていたらもっと事態は深刻だったし、ハットリくんの命はなかっただろう。……カツラキ君も、彼女と同額というので異論はないな」
「はい」
と素直に習玄は頷いた。
かの織田信長は桶狭間の戦いにおいて今川本陣を発見した者をこそ一番に賞したという。情報こそが今後の生命線となるのだから、それを厚遇するのは当然だ。
「というかだ。それが多いと感じるようであれば、まだまだ覚悟が足りんよ。……額に相応する、君ら自身を含めた人命がこの事件に関わってくる。そう思って欲しいものだ」
……まったくこの人は、と習玄は嘆息した。
いつもは俗な欲にまみれた変人のくせに、それが時折正気に立ち返って正論を吐く。
――いつになっても読めない人だ。
「まぁ今のところ、働きそれ自体に不足はないよ。それはそれとしてくーちゃんや、新しい情報はないのかね」
「あ、ハイハイ」
瑠衣のペースに呑まれていた社が、慌てて意識を引き戻す。
「最初に行方不明になっていたふたりですけど、片っぽは今日シューゲン君が助けてくれました」
「ギリギリセーフといったところだ。龍脈の端っこに引っかかってくれていたのが僥倖だった」
「もう一人ですけど、そっちも戻ってきたみたいですね」
「新田さんがやってくれたみたいですね」
と習玄は素直に感心したが、
「ちっ」
不謹慎な舌打ちが膝のあたりから聞こえてくる。人形に舌なんてないが、それに類する不快な音が脳髄にじかに響いてくる。
咎めるような習玄の視線には表立った反応は見せず「それで」と話題を続けさせた。
「その生徒は今どうしてる?」
「フツウに今朝学校に来てましたよ」
「フツウに、ね」
「本人曰く『ずっと友達の家を渡り歩いて遊んでた』らしいんですけど」
「けど、なんです?」
習玄が彼女の語尾の弱さを突くと、 唇の下に指先を当てて眉を下げて、少女は思案顔を作る。
「その割にはウラとれないんですよね。そのコが挙げたトモダチの名前も、普段は付き合わないコたちばっかで、しかも本人達は否定してるっぽいし。他にもいっぱい矛盾があって」
「つまり、またしても記憶の改変か。……誰が動いてる?」
「新田さんなら、知ってるかもしれませんけど」
習玄がそう言うと、言いようのない微妙な沈黙が少しの間流れた。
「新田前くんですか……しょーじき、彼もなんかヘンなんですよねー」
「ヘン、とは?」
「『吉良会』の秀才児とか言われてますけど、この事件だけじゃなくてほとんどの任務にに関わってない。出るとしても、本当に後始末ぐらいなものですよ。それなのに、彼の評判ばかりが先に立ってる」
早口でまくし立てた先輩の隣で、少年はぽかんと口をを半開きにしている。ひとしきり情報をもたらした後、社は彼の様子にようやく気がついた。
「……なんです?」
と首をかしげる彼女に「いや……」と習玄は言葉を濁した。
それから言いにくそうに、
「なんか、一女子高生にしては、予想外に深入りした話でしたので」
そう告げて、自称JKを瞠目させた。
「あ、ハハハ! ……クニのお母ちゃんに仕送り行ってきます!」
笑い飛ばしてごまかして、ダッシュで逃げる少女の背を、習玄も瑠衣も追おうとはしなかった。
「……クニのお母ちゃんて……」
「良いのか、彼女を疑わなくて」
半ば呆れた習玄に、瑠衣は問うた。
「あっちから接近してくる以上打算があるのは当然でしょうよ。……そういう瑠衣先生はどうなんです?」
「わたしはさほど脅威には感じんよ。なるほど確かに情報収集能力は高い。が、いちいち素人くさい。自分の扱っている情報がどういうもので、どう作用しどのような価値があるか。それが判断できていない感じを受けるな。だからあの粗忽さなのだ。コントロールは難しくないよ。それに、あのバディは手元に置いておきたい。後日堪能するためにもな」
「……おっといけない。思わず先生に感心しそうになりました。最後のがなければ」
「相変わらずナチュラルに口悪いな君は」
習玄の言葉からの反応ではないだろうが、やれやれと瑠衣は首を振る。
「新田と言い、彼女と言い、一物抱えたクセモノを引き寄せているフェロモンでも出してるのかね。君は」
「その最たる例が貴方ですよ。……いやまぁ確かに、物心ついた時から濃い連中ばかりが周囲を取り巻いてましたがね。兄とか」
一つ失言すれば首が飛ぶかのような環境が、彼の人格は幼年期少年期を経て早熟させ、
「まるで若さに似つかわしくない立ち振る舞い」
だとか、
「自分の分をわきまえた賢弟」
とか評されることになる。
「野心も執着も見せないのは、男としては出来損ないでしょう。お前は慕われはするが、畏敬はされない。偉そうなことひとつ言えない者に、誰がついていきましょうか」
とは、それを受けての兄の言だが。
まぁ、それは別の物語だ。
「で、その新田だが正式に鏡塔の学生になるそうだ。腰を据えてコトに当たるハラらしいな」
「それも九戸先輩からの情報ですか?」
「あぁ。それに加えてヤツがここに来た経緯も探らせている」
これで奴の尻尾をつかめる、と喜ぶ人形に習玄は首を振った。
「なんだ?」
と振り返る瑠衣に「いえいえ」と笑い、答えた。
「新田さんの件、それとは別に俺も当たってみたいと思います」




