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(2)

 忍森冬花。

 新田前と同じく『吉良会』に属する構成員であり、同い年の昔馴染みだ。


 とりわけ親しいわけでもないが、完全に疎遠というわけでもない。

 組織内におけるトレーニングも共同して行ったこともあるし、文字通りの『同じく釜の飯』を食べた間柄でもある。


 ――だが、こいつに心を許しちゃいけない。


 どれだけ愛らしい表情で親しげに笑いかけても、息のかかる距離まで接近されても、そう繰り返し言い聞かせてきた。この少女の性悪ぶり、いかに食わせ者かは自分もよく知っているのだから。


 その少女の残虐さを象徴するかのように、彼女の足下で、謎の布に巻きとられた少女の四肢は、不自然に痙攣していた。


「……そこの女に、何してる?」

「なにって、記憶の改竄と外傷の修復に決まってるでしょ。剣道部と同じでさ」

「そのドライバーと『クイーン』で、か。……どこで手に入れた?」

「新田ちゃん、忘れてもらっちゃ困るよ。ホントはボクがこの仕事を請けるはずだったんだからさ。持ってるのは当然じゃないの」


 そうだった、とゼンは今更ながらに思った。

 忘れていたわけでもなかったが、激闘の後で現実への認識がすっぽ抜けていた。


 だが、それでも納得はできなかった。時州瑠衣から『吉良会』に支給されたのは、実験用の『ルーク・ドライバー』一基と、『歩兵』だけだったはずだ。


 そのことを追及する前に、「新田ちゃーん」と冬花は彼の名を呼ばわった。


「アレ、どうだった?」


 アレ、と指すものが今夜出会った何かを指すのならそれは足下の女子生徒以外のモノ、あの紫陽花を生やした怪人のことを指すのだろう。

 ただ実際に刃を交えた自分でさえ、その名前、どういった存在かさえ分からない。だから、


「なんなんだ、アレは」


 間抜けながら、冬花の呼び方を踏襲した形で聞き返すことになる。


「それを知りたかったから、ボクはアレにあてがったんだけどなぁ」


 悪意に満ちた目を眇める少女に対し、ゼンは羞恥と屈辱で顔を紅潮させた。

 踵を返そうとする彼に、


「もう姿消したよ。多分自分の『巣』に戻った」


 と先回りし、追い討ちをかける。

 ゼンは奥歯を噛み締めながら、

「……人質の命を、最優先にしただけだ」

 と、喉奥から声を振り絞る。

「へェ、そう? だったら、無駄な交戦は控えて逃げに徹するべきだったんじゃないかな?」

 釣り上がる言葉尻、核心を突かれてぐっと息を詰まらせる彼は、


「……っ、そこの女がいなけりゃな! オレだってもっとまともに立ち回れてた! 簡単に言うなよ!」

「あ、ゴメンゴメン。新田ちゃんはプ・ロ! だもんねぇ。そのぐらいは判断がついて当然だったかー。新田ちゃんは強いもんねー、まだ本気出せてないだけだもんねー? ……で、そのホンキってのはいつ発揮してくれるのかしらん?」


 と手を合わせて上目遣いに少女は彼の顔色を窺っている。

 あどけなく素直に感心している風に、外見上は見える。が、もちろん彼女はそれがゼンの失策だと見抜いている。そのうえで煽っている。それが、忍森冬花という女だった。


 正論で抗弁を片っ端から叩き潰され、今度こそ言い訳が考えつかなくなった少年に、「困るのよね」と声を低めて冬花はゼンの周囲をぐるぐると回る。孤島の遭難者を狙うサメのように。


「ボクもさァ、新田ちゃんに活躍のチャンスあげるために超がんばって推したワケ。ジジイ共、乗り気じゃなかったからさ。それはもう、すんごいアピールとサービスしたげたワケ。家出同然で新田ちゃんが任務に行った後もこうして、何の術も持たないキミのサポートもしてるのよね。それでさー、ここまで続けてヘタ打たれるとボク、どーして良いのかわかんないよ」


 えーんえーん、と露骨なウソ泣きにゼンは聞こえるように舌打ちした。

「イヤミ言うしか用がないなら、行く」

 と通過しようとした。その背に、冬花は飛びついた。

 胸の膨らみが押しつぶされるほどに密着し、はぁ、と甘い吐息を耳元には吹きかける。


「……やっぱり新田ちゃんには、こっちのお仕事の方が向いてんじゃないのぉ?」


 途端、ゼンの総身はビクリと跳ねた。

 頭の中を闇が浸食していく。どこぞと知らない閨の中、まとわりつく無数の男の手。

 現実とも悪夢ともつかないどろどろと淀んだ空間の中で、彼の白い肌をそれらが貪り弄ぶ。叫び声をあげる口さえも、醜悪な肉塊によって埋められる。

 汚れた泥の中に、自らも沈められていく。汚されていく。


 制服の裾がまくりあげられ、敏感になった肌をシャツ越しに触れられる。

「は……」

 冬花は腰のくぼみを縫って、腹部に手を添える。それだけで、ゼンの肉体は反応してしまう。

手の力が緩んで独鈷が抜け落ち、からんと乾いた鉄音を響かせる。

 十分に彼の心的外傷をなぶった後で何事もなかったかのように

「じゃあねー。あとよろしく」

 冬花は手を振り振り、廊下の闇へと遠ざかっていく。


 その小さくなっていく靴音を聞きながら、未だ震える唇を、手の甲で止めようとする。

 逆の手で自らの身体をぎゅっと押さえながら、


「……もう、二度と戻らない……っ」


 か細い声を掠れさせて、一人呟く。

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