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(13)

 痺れが、感覚を奪っていく。そのまま生命もごっそり持っていかれそうな衝撃に、習玄は歯を食いしばった。


 服部曽路は元々その恵まれた体躯から繰り出される強打早撃ちが持ち味の剣士だ。

 その彼が人類としての肉体から完全に解放された今、技の冴えにはブーストがかかる。

 そしてその豪腕に耐えうる刀は、斬れ味よりも質量と摩擦による殺傷を重視したつくりとなっている。

 侍同士の果たし合い、というよりは戦場での殺し合いに向いている。


 一方で、未だに人の肉体に縛られた習玄。彼を狂剣から護っているのは朱槍。それはおそらく敵の武器と同じ構成物のようだが、人体に使用可能なレベルに落とし込んでいるというのが瑠衣の言葉。

 つまり武器と遣い手、どちらのスペックもあちらの方が上と思って良いだろう。

 直撃はまずい。直受けもまずい。


 ――いや。


 片頬を引きつらせながら、習玄は敵を視る。

 弾く。飛び退く。標的から逸れた刃が、床板を穿った。

 だが返す刀が、退く習玄を追った。


「良いぞこの身体は! ウソのように軽い! 力がみなぎってくるっ!」


 服部を取り込んだ敵には、本来の彼にはあった沈着さ(もの)が欠けている。彼にはなかった慢心(弱点)をさらしている。

 昂揚と陶酔による勢いが、かえってその剣筋にわずかなブレを生じさせている。今は、それに付け込むしかない。


「剣道とは違う本物の立ち会いだッ! どこを斬っても有効で、致命的だッ! 俺は全力のお前を斬って、この至高の武を証明する!」


 そして、本来の彼の隙をそれは継承していた。自覚のないままに。

 ――そこに付け込めば、勝機はある。付け込むまでは……耐え抜く。


 槍の間合いを考え、かつ硬い板敷きさえ砕く一撃を避けるために、習玄はさらに退く。

 が、ことの他簡単にその後退を許した敵に違和感を覚えた。


 吐き出す獣の呼気には、わずかな嘲笑の色が混じる。

「……ッ!」

 自分の退きが、相手にとっては意中であることを彼は直感した。

 咄嗟に足下に一文字を引く。が、生じた防壁は目の前から迫り来る衝撃によって破砕された。


 敵の剣先に、わずかな空間の揺らぎがある。

 現実世界で服部と打ち合った時にも、その兆候はあった。


 伴った風圧による破壊。間合いの測れない不可視の技。

 それが人の身を捨てたことによりさらに強力さを増していた。


 ――どうしてなかなか。本心という割には理性的じゃないか。


 野性悪性に堕ちてもなお、合理性を保つ剣技。

 ただでさえ神速の冴えを持つその腕前は、彼の言う通りに命中すれば致命的になる。

 世が世なら、本当に名を馳せた剣客になれただろう。


 ――だが服部先輩には申し訳ないが、その剣才と品とを突かせてもらう。


 習玄は怒濤の攻めを極力受け止めないように捌く。

 一瞬、互いが背中合わせになった。そこが仕掛け時だった。


「……しッ!」

 槍を東側へ渦巻かせ、狙うのは首。

「甘い!」

 風を渦巻かせた剣が、それを弾く。姿勢を崩す習玄の身体を切り返しが襲う。

 習玄は強く、踵で地を叩いた。

 本来土足厳禁のその場所に靴跡を残しつつ、強く踏み込み肉薄する。


「っ!」


 力任せに振るった剣は習玄の皮膚に食い込むことはなかった。

 代わりに、それを持つ両手が懐に習玄の肩骨を軋ませる。

 だがそれしかない。ここならば風の力も及ばない。剛力も活かせない。

 虎児を得るには、身を捨ててこそ。

 そういう常套句の上部分だけが、言い聞かせるかのように習玄の脳裏で弾けている。


「せぇあッ!」


 激痛は気炎でかき消した。

 自らの声に押される形で、肩の力に任せて敵の巨体を押し上げる。

 100kgオーバーの大男の腰とはいえ、それを浮き上がらせるだけの膂力は、人間である習玄にだってある。


 浮き上がった身体は無防備で、装甲の縫い目を目がけて笹穂を突き出す。

 だが、その飛ばされ際に服部だったモノは大きく剣を振った。直撃を避けたがその風の圧は、習玄の身体を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力を持っていた。


「はははっ! やはりお前はホンモノだっ! 楽しませてくれるゥ!」


 野性味溢れる獣の咆吼が、道場を模した戦場の屋根、壁に反響する。

 その壁に音を立てて大きな亀裂がはしる。そこから降り注ぐのは陽光でなく、不気味な薄紫の光線。


「……まずいぞ、殻が壊れ始めてる。『龍ノ巣』も、中の服部ももう保たない」


 今まで2人の応酬を見守っていた瑠衣が、投げ飛ばされた習玄の胸にしがみついたままに忠告する。


「なんなら、そいつのあるクセについてヒントをあげようか、カツラキ君」

「ご心配には、及びません。俺にも見えました」


 敵の手の内は疑念から確信へと変わっていた。

 視るべき手の内は、その弱点はすべて理解し終えた。

 槍を前に倒し、腰を低めて左斜めに肉体を傾ける。


「服部先輩、全力の一太刀、お願いします」


 その声が通じたかどうかは知らない。ただ敵の慢心と過信から「受けるだろう」とは思っていた。そして服部だったものはかつての名を呼ばれ、大上段で剣を構えた。


 互いに微動だにしないままに、ただ時間が過ぎていく。亀裂の数が増え、不安を煽るような怪音怪光線が天から注がれる。


 宣言どおり、次の一手で雌雄が決まる。

 生死を分かつ覚悟と共に踏み込んだのは、習玄が先だった。


 距離を詰める。

 再び自らの間合いに接近するまでは、小細工抜きで耐え抜く。


 待っても良いが相手に自身の弱点を気取られる可能性があった。疑問を持たれてはいけない。それを知った時には、手遅れという状況に引きずり込まなければならない。


 振り下ろされる兜割りから、衝撃波が放たれる。

 ダッシュと共に床を擦って生まれた防壁が、それを妨げるが、たちまちに破砕した。


 予定どおりだった。


 消えゆく破片が、すかさず打ち込まれた第二波の軌道を示してくれる。

 腰を低めてそれを避け、左手を虚空に伸ばす。

 再び習玄は怪人へと槍を突き出した。

 相手からに投影面積が低い、まっすぐな刺突。


 しかし銀穂は分厚い鋼に阻まれた。不快な残響に顔をしかめる習玄に、勝ち誇ったような気配が銀仮面から発せられた。


「やはり、な」


 深く息をつく習玄は、低く呟いた。

 だが、自身の生存と勝利に期待していなかった、というわけでもなかった。

 ただ哀しいほどの服部曽路の習性が、自分の予想どおりだったために。


 腰のレバーを引く。


「なッ!」


 槍が光の粒子となって消え、それを押し返していた服部が支えを失いつんのめる。

 バランスを崩した右足の甲に、左拳を叩き込んだ。


「ガァ!?」


 と悲鳴があがる。

 本来なら断末魔を発したのは習玄であり、砕けるのは彼の拳骨であったはずだ。


 だは正確には、彼は拳を叩きつけたわけではなかった。

 拳の先、指の間に挟んだ一枚の破片が、その鎧の縫い目を貫いていた。


 それは、砕かれた障壁の破片。

 第二撃を避けた際に掴んで隠した、朱槍以外の武器。


 両者の正規の武器と比べればおそらく質として劣るだろうが、地面に敵の足を縫い付けるぐらいの鋭利さはあった。


 脇の下を抜ける。背後に回る。


《Check! Knight!》


 一度抜いた朱槍は駒の装填と共に彼の手に戻り、


《Checkmate! Knight!》


 くり返される王手宣言と共に、紫紺の穂には銀光が宿る。

 習玄の一斬は、下肢を封じられた服部が身をひねるよりも速く、その肩口に吸い込まれた。

 衝撃を吸収するはずの外套も、そうして弱まった攻めを完全に無力化するための甲冑も、ことごとくを撃破してその肉体を切り裂く。


 その身に残された亀裂からは、銀色の光と熱とが膨れあがる。

 それらが最高潮に達した時、服部を覆い包んでいた存在は絶叫し、爆発し、四散した。


「……そう」

 火の粉と焼ける枯れ花が舞い散る中、習玄の胸で、答合わせをする教師のような口調でウサギは言った。

「ヤツは一度たりとも、剣以外による攻撃をしてこなかった。……何物に縛られない戦いだの至高の武だのと謳いつつ、結局アレ自身が剣に縛られていたのだ」


 残心を示しつつ深く息をする習玄と、そのアドバイザーの目の前で、人に戻った服部曽路は倒れている。

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