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(8)

「別にお金が欲しいわけじゃないですっ」

 社という女子生徒はそう言って口を尖らせた。


「……まぁ、確かにウチの会は人手もお金も不足してますけど、でもこんなもの撮ったって1円にもなんないし。っていうか信じてもらえませんって」


 まぁ確かに、と習玄は内心で肯定した。

 付け加えるならば、自分たちがとぼけてしまえばそれで終わりであったはずだ。あるいは真に口封じ目的で危害を加える気だったらどうする?

 その危険を承知で接近してきた彼女が、単なる小遣い稼ぎが目当てと思えない。


「……では、君の求めるものは? 手を組むことによる我々のメリットは?」


 オフレコであったはずの人形の念話が、少女にも聞こえるように再設定されたようだ。

 上着のポケットから顔をのぞかせる瑠衣に目を向け、こくんと社は頷いた。


「まず、こっちは情報提供します。だいたいの事情は知ってますんで、ガッコのウワサは大小ひっくるめてそっちに伝えます」

「それはなんとも魅力的」


 そう言ったのは習玄だった。

 既存の概要それ自体はこのウサギが熟知しているだろう。

 ただこの本兎が秘密主義だから、習玄にもたらされた情報はそれほどには多くない。

 加えて言えば、細かく、かつ変動する情報にまでウサギのプラスチックの黒瞳は届いていない、というのがここまで付き合った習玄の直感だ。


 かと言ってもう一人の情報通、新田前が協力的に情報を開示するとはとても思えなかった。

 広報同好会の規模はまだ不明で、本人の弁によれば人員も資金も不足している。

 それでも、大手を振って行動できる諜報機関には違いない。貴重な存在だ。


「まぁ新田(アレ)にドヤ顔をさせておくのもシャクではある。が、この娘信用できるかね」


 ウサギの声に社は反応しない。その囁きは伏せられたようだ。

 習玄もまた無反応でいた。


 信用できるかどうかはそれほど問題視していなかった。

 情報というのは短命で、にも関わらず多くが必要で、そこに誤りが生じるのは当然のことだ。

 まして、そこに人の意思が介在するのなら。


 肝心なのは、真偽を問わずそれがどういった経緯と意図でもたらされるかだ。

 根幹にある部分を見失っていなければ、その洗い出しは難しいことでもない。


 ――とは、まぁ知人の言だが。


 その受け売りでしかこういう駆け引きができない自分にうんざりとしつつも、そこでようやく彼はウサギの問いに答えた。


「実力に関しては問題ないと思います。規模はどうあれ現に、この人は俺たちにたどり着いた。それに」

「それに?」

「昔から女運は良い方でして」


 そううそぶくと、奇妙な沈黙が生まれた。白けたムードが場を支配した。


「……クサッ」


 少女の呟きは相手に聞こえて傷つかないよう最低限の音量になっていたが、かえってそれが習玄の心を傷つけた。

 羞恥で顔を紅くしながら、えへんえへんと咳払い。少年は、強引に話題を転じた。


「問題は、交換条件ですが」

「代わりに、『ルーク・ドライバー』……でしたっけ。ちょっとワケありでそれが必要でして。それを借りたいんです」

「譲渡ではなく貸与かね?」

「コトが済めば返しますし、そのまま戦力になってあげても良いですよ」


 少女のアーモンドの目が、試すような輝きに満たされる。

「……だそうですが、こればかりは俺の一存では決められませんね」

「え? 別に良いよ。ハイこれね」

「軽ッ! さっきまでの警戒心はいったいなんだったんですか!?」

「ありですー」

「受け取る側も軽っ!」


 男女三人の頭上の空間が渦巻き、開き、虚空の闇から錠前と『ビショップ』の駒が吐き出される。

 手で作った杯に落ちた機材をしげしげと見回し、少女は聞き返した。

「ヤシロ的にはバッチシなんですけど、よくOKしてくれましたね。もしヤシロがなんかブラックな組織で、これの量産を企んでいたのだー! ……とかだったら、ヤバクないですか?」

「それの無力化などわたしの指先ひとつで簡単にできるさ」

「指どこですか」

「それに、対価ならすでにいただいているさ」

「っ!」


 女子高生の童顔が、驚きに歪む。

 ――まさか、この短いやりとりの中、自分たちの察せないうちに、このウサギは相手の事情を引き出し、読み取っていたのか。あるいはそれに準ずるものを掠めとっていたのか。

 習玄もまた、ほんの少し見直す思いで自らの胸元へと視線を落とし、


「目測B84W52H82の現役JKの制服姿が合法的に、かつ堂々と視姦できる。これに勝る対価はない」

「ほんとどうしようもなさすぎてヤバイなこの人」


 そのほんの少しは、一秒と経たずに終わった。

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