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(6)

 ばたばたばた、という足音が『すもも』の廊下に響き渡る。

 風邪から復帰した、氏家みのりのものだった。


 早朝、家業の手伝いと一通りの家事を終えた少女の、そのおつとめの最後は寄宿人、桂騎習玄を叩き起こすことだった。

 微熱が数日つづいたものの、復職した彼女はすっかり本調子を取り戻していた。


「まったく、部活辞めてからジダラクな生活送って。今日こそ更生してやるんだから」

 という独り言は、誰に聞かれることもなく、彼女は階段をのぼっていく。


 そうして二階奥の引き戸を開き、

「ちょっと、お兄いつまで」

 と顔を覗かせた部屋は、無人だった。

 布団はきれいに折り畳まれて、登校の準備はすっかり出来上がっていて、脱ぎ散らかされた衣服の類もない。


「え……?」

「どうした?」


 少女の背から、仕事をしていた父が声をかける。振り向いた娘の方に、かえって彼の方が驚いた。


「え、いやだってお兄は……」

「あー、そういやぁ言ってなかったか」


 え? どういうこと、と乾いた声で聞き返すみのりに、父は応じた。


「あいつ、朝からジョギングとかまた始めたみたいでなぁ。ここんとこずっと、5時ぐらいから走ってる」


 質問者に受けた衝撃に反して、解答者の言葉はあっさりとしたものだった。

 むしろ逆に、娘の困惑具合に、紀昌が困ったように眉尻を下げた。


「……まぁ良いんじゃないか? こっちの手伝いサボッてるっつーわけでもないし、またあいつのここに火が点いたことは、喜ばしいことじゃないのか」


 荷物を小脇に抱えた紀昌は自分の胸板に空いた手を添える。

 みのりが何を危惧しているかが分からないだろうから、その慰めは曖昧なものだった。

 それでも、その内に盛り込まれた一語を、みのりは反芻した。


「火が点いた」

「自分に負担をかけるほど、のめり込める何かを見つけられたってことだろ」

「じゃあ……私は、なんのために」


 言いかけて、口をつぐむ。ため息と共に続く言葉を呑む。

 不審がる父親を「なんでもない」と追い返し、みのりは話題の少年の部屋を閉ざした。

 風邪を引いてから、やっぱりどこかおかしい。自分も、周囲の、特に習玄のあたりの環境も。


 年相応の大きさの胸と、同じく年相応の細首が、じわじわと締め付けられていく。あるいは内側から押し出されていく。ほんのわずかな違和感が、着実に大きくなっていく。


 ――かたちになっていくのが、感じ取れる。

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