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(5)

 結界の根幹である自身の不在によって、劇的に状況が悪くなる。


 ウサギの人形はそう断言したが、学園内には異常らしい異常はなく、平穏そのものだった。


 幽霊を見たとか兆候をうかがわせる噂は習玄の耳には入ってこない。

 瑠衣の予想どおりに習玄と怪物がやり合った痕跡も、休み明けにはあらかた揉み消されていた。

 主戦場であった理科準備室とその周囲が数日ほど封鎖されているだけだった。


 一週間ほどは気を張り詰めていた習玄だったが、そうした動きのない、平穏な日々が湯に浸かるようにその緊張を溶かしていった。


 ある日の放課後、日課となった校内の見回りを一通り終えた習玄は背を伸ばした。


「天下泰平、ですねぇ」

「さぁ、どうだろうな」

 習玄ぼやきに対して、瑠衣の反応は懐疑的だった。


「そこの脇、見てみたまえよ」


 促されるまま、折れて武道館裏に行く。館と地面のアスファルトから、紫の花が一輪、手を伸ばすかのような形で咲いている。


「……菖蒲?」

「そう、この時節、この環境で咲くことはまずありえない。龍脈の乱れが、自然の法則さえ歪めている」


 なるほどすでに異変は始まっていたというわけか、と習玄は理解した。

 いっそ恐ろしいほどに鮮やかな紫をつけたそれに近づくと、ほんの少しの違和感が習玄の全身を包んだ。

 まるで、見えない雲に踏み入ったかのような冷たい湿気。


「被害の兆候、というわけですか」

「兆候? 異変はもう現れ始めてる」


 甲高く濁りのない声が、ウサギの代わりに答えた。

 周囲の雲気を払うかのように、爽風をまとって現れたのは、件の美少年だった。


「新田……さん。っていうかそれ、うちの制服……?」


 習玄の呼びかけも問いかけも露骨に聞き捨てて、彼の胸ポケットの住人に目を向ける。


「この学校の生徒が昨日までに二名、行方不明になっている。今のところはいつもの夜遊びと思われてるが、彼らの姿がどこにもない」

「へぇ、そーなんだ」


 対する瑠衣の反応は薄く、風に流すかのようだった。

 ジロリとそれを睨んだ新田前は、

「分かっただろ。今回の一件は学生がお遊び気分バイト感覚で首を突っ込んで良いもんじゃない」


 まして、と続けて彼の言葉は途切れた。姿はかき消えた。


《Check! Pawn!》


 習玄はすかさず身を引いた。

 だが後退した身柄は、背後から伸びてきた細腕に絡め取られ、耳元に紅の唇が近づいて、甘くかすれた吐息が触れる。


「その程度の腕じゃな」


 という囁きが、習玄の鼓動を大きくさせた。心臓を直接掴みとられて、揺さぶられたような心地さえする。


 咄嗟に振り払った時には彼の姿はどこにもなかった。

 一瞬食い込んだ金具と爪の感触が、生々しく首の肌に残っているだけだった。


「……」


 その痕跡を手で撫でながら、息を深く吐く。

 口の端には、思わず笑みがこぼれていた。


「プロ様からのありがたい忠告だ。受け取っておきたまえ」

 やや皮肉げなウサギの言葉に、習玄の笑みは苦みを強めた。


 ――だが正論には違いない。


 行方不明という人々が戻ってこられるか。それさえもわからないほどに、自分は無知だった。

 それでも知っていたはずだ。肌で実感していたはずだった。


 その事業に、人の生死がかかっていると。


「もう一度聞く。全校生徒千人超の生命を背負う覚悟が、君にあるかね?」

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