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(7)

 ゼンと瑠衣は、最奥に達していた。

 足下に、手元に、無数に散らばる氷の屍には、極力心を向けないままに。


 そこには、一台のカプセルが置いてある。

 人造によるものか、あるいは天然のものになんらかの作用があって、偶然楕円形になったのか。それさえ判別がつかないが、その分厚い氷の向こう側に、細い人影が内包されていた。


「あぁ、あったあった」

 まるで机の上に落としたコンタクトレンズを見つけたかのような調子で、肩の上のウサギが言った。


「これが……あんたなのか」

「うん、そうだ」


 その全体像は定かではないが、時州瑠衣はゼンの問いを肯定した。

 言質を取ってから、あらためてノックするように叩いてみる。反応はない。ただ手袋越しに硬い感触が伝わってくる程度だ。


「で、どうするんだコレ? オレじゃどうにもできそうにないけど、なんか変な術でも使うのか?」

「なんとまぁセンスのないセリフだこと」

「うるさいよ!」

「まぁお前の現装備で可能な方法だ。というか、ツールさえ揃っていれば誰にだってできる」


 そう言ってから「いや?」とウサギは耳を揺らし、頭部を傾げてみせた。作為的に。


「お前はどうだかなぁ? 欲を言えば、カツラキ君のほうが適任だったんだよな」


 ゼンはムッとしてウサギを睨んだ。もちろん今の段階になって桂騎習玄へと嫉妬心はない。自分がありとあらゆる部分で秀才にも届かない凡人止まりで、もはや伸び代もないことも承知している。

 それでも、誰にも出来うることを自分には難しいとは、どういう了見か。


「だから、どういう方法だよ」


 苛立ちながら、ゼンは重ねて問う。

 だが、瑠衣は返答しない。身じろぎさえしない。表情のない人形でしかない。

 もしやその魂が時間切れでフッツリ昇天してしまったのか。軽い焦燥を抱きながら「おい」とゼンは重ねて声をかけた。


 あー、という間延びした呼気が肩から聞こえる。

 それからまたしばらく押し黙ったかと思えば、

「今言ったことは忘れたまえ」

 と言った。


「なんだって?」

「やっぱ今の方法なし。やる必要なし。ノーカン」

「おい! 今はふざけてる場合じゃ」

「もう、手遅れだ」


 え、と思わず文句を詰まらせた。

 ウサギが短い手足でゼンの髪を掴んだかと思えば、その顔のすぐ横を、一陣の風がかすめていった。


 その風が空間を跳ぶ。最奥の氷像を突いた。

 中央に亀裂を入れたそれは、けたたましい破砕音を立てて氷塊を引き裂いた。


 柔軟性に欠けた瑠衣の肉体は、氷もろとも砕け散り、色のついた氷霧となって散った。


「なっ!」


 氷壁に、矢が突き立っていた。

 尾羽の代わりに、歩兵の像がついたそれを、ゼンは唖然として見やった。


「どうやら、貧乏性の弓兵がただ一矢でまとめて雑事を片付けたかったようだな」

「……どういうことだ」

「わたしを始末し、あわよくばお前を殺し……そして鏃を見てみろ」


 脳内の処理が追いつかないまま、ゼンは瑠衣の言葉に従い、矢を抜いた。

 その先端は、真っ赤な血で染め上げられていた。


「断っておくが、わたしのものではないからな」


 この気候と風圧で急速で凝固されたであろう紅は、未だ鮮やかさを保っていた。……紛れもなく、人から流れた色だった。


 この空間でその紅さを持つ者は、限られている。


「……桂騎っ……!」

 たまらずゼンは、声をうわずらせた。


「撤退だ。もうここに用はない」

 対する瑠衣は、平静そのものだった。


「でもッ、お前の身体が!?」

「見ただろ。もうとうにぶっ壊れた。修復は不可能だ」


 ……自分が今この瞬間、完全に死んだという、事実を前にしても。


「何のためにお前を助けてやったと思う? 逃げ足だけは認めてやってるんだから、速く行け。でないと、手遅れになるぞ」


 あまりに恩着せがましい傲岸さ。たとえ世界が破滅しようと恐らく動じないであろう、冷酷さ。

 普段はそれらを嫌悪し、畏怖しているゼンだったが、この時ばかりは一縷の望みとして縋りたかった。

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