(2)
鏡塔学園、北棟三階。
今回の怪異の始点に、ふたりと一体は立っていた。
一見なにも不審な点の見当たらない中等部の一角は、『ルーク・ドライバー』を身につけたふたりの少年が近づくと、その空間をぶきみに波打たせた。
ここまで無為の人形だったウサギは、久々にその術を使った。自分が施した術と真逆の詠唱をささやく。
生じた波を助長させるかのように空間に揺らぎが生まれ、隠匿されていた、本来ないはずの木戸が表れ、その口を開いた。
冬にしてもやや大仰なほどに着込んだ彼らだったが、入り口から漏れ出る冷気瘴気に当てられると、その額に張り付いていた汗は一気に引いた。
「何度も言っておくが」
と、結構前にもくり返した説明を、時州瑠衣は改めてした。
「ここはほぼ『龍ノ巣』と近しい状態と位相だ。どんなおぞましい形になっているか、わたしでさえ想像がつかん」
「わかってるよ」
応じたのはゼンだった。迷いを振り切った表情で、手を打ち鳴らし、前を向く。
「でも、これですべてにケリがつく。だろ? 時州」
「もちろんだとも」
瑠衣はかるく肯定した。
「わたしが本来の肉体に戻れば、この学園を鎮めてみせる。葉月幽とかいう脳筋なんぞ相手にもならん。あのヘンテコなローブも、少しは手こずるだろうが何も問題ない。この一件は、これで終わりさ」
「だが、その両名が道中、妨害をしてこないとも限らない」
そんな彼らの楽観をたしなめるように、桂騎習玄が反論した。
「……で、段取りの話になるわけだが」
ウサギは笑いを含みながら言った。
「まず、この戸は我々が入った瞬間に再度封印されるようになっている。これで、高位の霊力の所持者でなければ侵入ができなくなる。むろん、その二体が侵入してくる可能性もあるが、それでも数は絞れるし、同時に介入してきた場合、三つ巴となる可能性が高い。あとは君らのどちらかが彼女らと乱戦のうえで足止めをしつつ、残った方がわたしを護衛。わたしが温存していた霊力を解放して自分本体を解呪する。……で、問題があるかね指揮官殿?」
「現有戦力と状況を考慮すれば、最善の策かと」
頭を垂れる習玄は、いちおう納得したが歯切れが悪い。
たしかに、穴はある。力と運、その場での対応に頼らざるをいけない部分も多い。ゼンにも、それはわかっている。
だが、自分たちには、あまりに時間がなさすぎる。
戦力を整える暇も、微細な戦術を練る余裕も。
「よろしい。では、行くとしようか」
鶴の一声ならぬウサギの一言は、ともすれば世界を覆すかもしれない一戦の幕開けにしては、いちじるしく緊張感を欠く調子だった。