(1)
年の暮れも暮れのその日は、最低気温が氷点下となる一番の冷え込みだった。
夕方ごろからは雪も降ると予報されていた。
……だが、年末最後の買い出しを終えて、マンションへともどってきたゼンの上に降ってきたのは
「ふぎゅ」
……ダンボール製の、長い柱だった。
「なんなんだよ、これ!?」
厳密に言えば、長細いダンボールの容器だった。
扉の内側にもたれかかっていたらしいそれには、外国のものらしい印やらラベルやらがべたべたと貼り付けられている。いくつもの国を経由してここまで来たのは想像がついた。
「大掃除だっていうのに、また妙なもの注文したのか? それとも作ったのか?」
「失敬なヤツめ。これがVRの新しいソフトに見えるか? わたしが創ったにしても、芸がなさすぎるだろ。ただの棒て……」
ゼンがにらんだ先、ウサギの人形はいそいそとテーブルの飾りつけをしていた。
掃除を終えた矢先に散らかされて、心穏やかでいられるわけがない。言いたいことは山ほどあるが、とりあえず聞いておきたいことはふたつ。
ゼンは支えている荷の正体。そして……このウサギ、時州瑠衣のいつにも増して浮かれた様子だ。
「で、なんなんだこの箱」
当のそれを横倒しにしながら、ゼンはたずねた。
「ルートから元をたどったからおおよその見当はついているが、開封はしていないよ。今はそれの処理をしているどころではないのだ」
また、妙なことを言い出す。
この尋常ならざる探求心を持ったウサギは、謎めいたものならたとえパンドラの箱とわかっていても開けるであろう。それが、今回は違った。
興味がないわけではない。それどころではないのだと瑠衣は答えた。
すなわちそれは、瑠衣にとって最優先事項ができたということに他ならない。
飾りを手伝わされて、役目をはたしたクリスマスリースやら中途半端な結びつきなレースリボンやらを取り付けている習玄に目を向ける。
「何があった?」
と本人をスルーして問うと、相棒はあいまいな笑みを浮かべたまま首を傾けた。
「さぁ。何やらげぇむをいじっていたら、唐突に『えうれか!』とかなんとか言い出しまして、このありさまです」
「あんた、こんな時まで」
「カツラキ君、君はマッキントッシュとプレイステーションの見分けさえつかんのかね。遊んでたわけではないぞ」
ジロリとゼンに向けられたまなざしに、瑠衣は不服げに抗議した。
「実は、ようやく座標の割り出しと固定に成功したのだ」
「座標?」
ゼンはいぶかしげに首をひねった。だが、座標というキーワードが心の片隅で引っかかっている。だいぶなのかちょっとだかわからない頃、チラッとそんな言葉を聞いたような……
瑠衣はそのことがよほどうれしいのか、テーブルやソファと自分たちの間をはね回っていた。
これは、霊力が枯渇しかけ、いわく「ほぼ水中にいるような」状態にある最近の瑠衣にしては珍しいことだった。
「…………あ」
と、そんな考えにいたって、ゼンもようやく座標が示す言葉の意味を悟った。
そもそも、この厄介な事件はここから始まったのではなかったか。
「そうだ、ようやくそこにいたったかこのトンチキどもめ」
と、容赦ない罵声を浴びせてくるウサギだが、ハメをはずしてはしゃぎたい気持ちもわかろうとも言うものだ。
「いかにも! このわたしの本体の場所が、ようやくつかめたのだーっ」
と、瑠衣は吹奏楽器を手にかかえて吹いた。
が、音は鳴らない。雑音ひとつ聞こえない。
「ん、意外と難しいなコレ。チャルメラは難度が高すぎたか。うん、というよりもわたしブレスできないわ!」
一人合点すると、今度は頭上に垂れ下がるヒモに飛びついて引いた。
そこにつながる天井のクス玉に力が加わり割れ……なかった。そのまま落下していくそれは、
「ふぎゅ」
ゼンの脳天に直撃して、そこでようやく割れた。
本来大々的に広がるはずだった垂れ幕には、いまいち締まりのないタッチのウサギのイラストと、『祝、わたし復活!』という筆文字が描かれていた。
もっとも、それを額からかけているゼンにはそれが読めないが。
それらを降り積もる紙吹雪もろともに取り除こうと、ゼンは手を伸ばした。
この時の新田くんの様相は、さながら先日映画に出たキョンシーのようだった。
家を出る前、習玄は無邪気な微笑を浮かべてこう答えたのだった。