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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第六話:元書生なおれが異世界転移!? 空想で無双! ~ある恋のおわり~
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(9)

「断る」


 慕っていた少年の拒絶の声によって、みのりの世界に、大きく亀裂が入る音が聞こえた。

 発言者の人物像をおおきく覆すようなその返答に、その場にいた誰しもが凍り付いていた。


 だが、天井が裂けて瓦解したとき、ハジメがけたたましく笑声を裏返して、手や壇をたたいた。


「やっぱりお前でも死ぬのは惜しいのか!? わずかな時間を延命したいのか!? それとも、孤独死するのが怖いか! だから、誰も彼もを巻き込みってのか! ハハッ、お前もどんなに君子ぶったって、所詮は一皮剥けばただのクソ袋だったことか!」


 それはほぼ、勝利宣言に近いものだった。

 だが、習玄は動じない。自身への罵詈雑言を真顔で聞き流して、直立していた。

 むしろ焦ったのは、成り行きを見守っていたゼンのほうだった。


「おいッ、お前それでいいのか!?」


 彼には自分が巻き添えを食ったという感情はない。習玄に対する失望だってない。それに、彼自身にとっても打開策が見つからない、判断のむずかしい問題でもある。

 ただそれでも、何かを言わずにはいられなかった。


「……悪い、新田くん」

「いや悪いとかそういう話じゃないだろ!? 確かに発狂されるより良いけど! でもここまで苦労してきたんだぞ!? それに彼女の想いってのもあるし、でもお前の気持ちってのもあるし! オレの気持ち的には良いんだけどっていうか良くないんだけど!? あああああぁ、何言ってんだオレ……」


 当人を差し置いてワタワタと狼狽するゼンに、相棒は涼しげな笑みで応えた。

 落ち着け、と言わんばかりの眼差しはいつも冷静さを取り戻してくれたけれども、今回の状況ばかりはその表情はあまりに場違いだ。


「……君たちには迷惑をかけていると思ってる。彼女に対しても、酷なことを言っているという自覚はある。それでも俺は彼女を愛さないよ」


 あえて酷なことを、確信を持って突きつける彼に、花嫁はうつむいたままだった。


 ――またループがやって来る!

 そう予測して、ゼンは身構えた。それを期待して、ハジメは笑い転げた。


 だが、彼らの悲喜を裏切って、やってきたのは暫時の静寂だった。

「……どうして、いつも……」

 そして、振り絞るかのような少女の嘆きだった。


「どうして、いつもいつも、私を見てくれないのッ!?」


 絶叫が、暴風となって狂い、純白の壁をえぐり、草土をえぐり、ガラスを破砕させる。

 割れる空の中で、雷鳴のような輝きが渦巻いている。


 目に見えるほどに崩壊が顕著になってきたが、それはハジメにとっては誤算だったようだ。

 もたれていた壇上から突き放され、絨毯の上を転がった。

「バカな……こんなことは、おれのシナリオにない!?」

 と叫んだ。


「どうして私をそこまで拒絶するの!? どうやっても滅びるしかないって状況になってまで、キスひとつすることさえしたくないほどに嫌いなの!? ねぇ、なんで!? 答えてよッ!」


 転がりゆく瑠衣を拾い上げながら、ゼンは無事な椅子の影に飛び込んだ。

 その彼の前に、見慣れた朱色の琥珀色の長短の刃物が突き立った。色とりどりの、チェスの駒が散らばった。

 どこぞの空間に隠匿されていた、自分たちの武器。それが、彼女の『巣』の破綻とともに露出したのだ。


「……ッ、桂騎!」

 自分の独鈷杵を逆手に持ち、相棒を援護するべく朱槍の柄をつかんで投げようとした。こうなっては打開も安全策もない。たとえ傷つけることになったとしても、みのりに憑いた主を破壊すべきだ。

 だが、「待て」という手元からの一言がその手を止めた。

 もっとも、それは人道的な見地から発せられたものではなかった。


「ひょっとしたら、面白いものが見られる」


 自分さえも消滅するかもしれない時に及んでも、悪魔じみた言葉を平然と口にする瑠衣を、ゼンは無視しようとしていた。

 だが、目の前の習玄もまた、彼らが武器を取り戻したことを振り返って把握しつつも、その目は槍の受け取りを拒んでいた。

 あくまでひとりの人間として、花嫁の姿をした異形と向き合っていた。

 飛んできた木片がその頬をかすめても、習玄は微動だにしない。ただ、重々しい口調で、


「……それは、貴方を愛することが、氏家みのりに対する冒涜だからだ」


 と言った。

 は、と疑問府とともに、三方から呼気が漏れる。


「……なに、言ってんの? 氏家みのりは、私……目の前にいるでしょ? ずっと言えなかったことが言えるし、やりたかったことがやれる。これが本当の私なの」


 ゼンは内心で肯じた。確かにふざけた格好ではあるものの、あれには彼女自身が入っている。それに、暴走しているとは言えそれがみのりの本心であることは変わりがない。

 そんなことは、ほぼ初対面のゼンにさえわかることなのだから、習玄に理解できないはずがない。にも拘わらず、なおも彼は首を振ってその意見を否定した。


「本心とは、その人物の本質を示す言葉じゃない」


 と、正視で彼女の姿を捉えたままに。


「俺の知ってる氏家みのりは、笑顔は見せない。だが気丈で……だからこそ、凛として美しい。彼女の思慕は、この空間で痛いほど伝わってきました。でも、根深い情念を抑える強さがあるからこそ、みのりさんはみのりさん足りえるのです。今の貴方は、一側面にすぎない。それだけを愛してしまえば、彼女自身に対する裏切りになる」


 でも、と言葉を区切って、習玄は控えめに笑った。


「こんな誰かから与えられた場じゃない。いつか、その頑なな殻を破るほどに強い想いがあふれ出たら、その時こそ、俺はちゃんと受け止める」


 紅を塗った唇を噛みしめた彼女は、うなだれたままだった。その間にも、彼女の世界の崩壊は止まらない。だがゆっくりとその瞳が、持ち上がっていった。

 浮かべた涙に、くっきりと習玄の像を投影するかのように、まっすぐに。

 そして、はかなげに笑い返した。


「ムリだよ……だって、わかってるでしょ? みのり(わたし)がどんだけガンコか」

「わかっています。それでも、俺は待ってますから」


 今度は逆に、みのりが首を振った。


「ううん……やっぱり、そんなには待たせない。いつか、近いうちに、必ず」


 先ほどの激情がうそのように小さい声量で、だが確かに少女は言い切った。

 次の瞬間、彼女はおおきくのけぞった。白い首筋をさらしながら、彼女とまったく同じ姿をした何者の影が、その表層から剥離して、ガラスのように砕け散った。

 私服にもどった彼女を、習玄が正面から抱き留めた。


「桂騎ッ!」

 ゼンはすべてを終わった空気を感じ取った。

 握りしめた『コモン・キー』を、相棒へと投げ渡し、自信もそれを腰のドライバーへと挿して回す。


 そして彼らの消え去った後、彼女の偽りの世界は、音を立てて卵殻のように、完全に砕け散ったのだった。

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