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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第六話:元書生なおれが異世界転移!? 空想で無双! ~ある恋のおわり~
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(8)

 リーンと、ゴーンと、いつわりの鐘が仮想空間に鳴り響く。

 小高い丘に建てられたチェペルの堂内には、ウェディングドレス姿の氏家みのりがいた。

 その周囲には面白くなさげな新田前がいて、時州瑠衣が座席に座り、壇上には神父姿の色市ハジメの姿があった。


 そして入り口正面には……おそろしく憔悴してプルプルしている桂騎習玄の姿があった。


「オクレ兄さん!」


 と唐突に瑠衣が叫んだ。特に意味はないのだろう。


「おい、大丈夫か? 今まで見たことないくらい疲れ切ってるぞ」


 ウサギは無視して、ゼンは相棒をいたわった。彼に弱々しい笑みを浮かべながら、「なんとか」と、かすれた声で答えた。

 彼が相当の心労をこうむってきたことは、彼の様子ばかりではなく、そばでここに至るまでの一部始終を見守ってきたゼンには痛いほどよくわかった。


「まさかわたしたちが血のつながってない兄妹だったなんておどろきだよね。でも、ロシアのシベリアまで逃げた私を追いかけてきてくれた時は本当にうれしかった……そこでチャイニーズマフィアを相手に百階建ての塔のうえをかけのぼって助けにきてくれたときは、『ああ、本当にこの人を愛してよかったな』って、そう思ったの」


 ……というよりも、氏家みのりが、繰り言のように頭の痛くなるようなそのあらすじを、勝手にモノローグとしてつぶやいているのだから、嫌でもそのハイライトを頭の中で反芻せざるをえなかった。

 これがシーンごとの場面転換で話が進んでいなかったら、どれほど冗長でうんざりするような道のりだったことか。


「うん、わかった。このシナリオクソだわ。帰ったらオリジナルの、プレミアついてるうちに売るわ」

 今更のように瑠衣は言ったが、それをとがめる気力も体力も、ふたりの少年にはなかった。

 ……ゼンは、当たり前のごとく女もののドレスを着させられてはいたが。


「ともかくっ、これでようやくエンディングだ。あいつの目論見も、ご破算ってわけだ」


 ゼンが睨むと、相対する神父姿の書生は壇上から上半身を乗り出した。


「さぁ、はたしてそう上手くいくもんかね」


 そして、不敵な笑みを浮かべている。

 瞬間、ゼンの脳裏には嫌な予感がよぎった。

 この策士気取りの小者は、小細工こそ弄するが腹芸や小芝居のできる男ではなかった。ということは逆に言えば、体面だけは良いこの微笑の奥には、あくまでヤツなりにではあるが確たる勝算が、あるはずだった。


 警戒するゼンの前で表情をあらためたハジメは、咳払いひとつ、言葉の調子をあらためて



「それでは、近いのキスを……」

 と、宣言した。

 隠しても隠し切れない、勝利の喜びをにじませて。



「えっ!?」

 とゼンは驚きの声をあげた。その彼の目の前で、歩み寄った新郎姿の習玄と、みのりとが向かい合っている。

 眼を見開いた習玄相手に、少女は瞼を伏せて、だが顔は持ち上げて、唇を物欲しげにそっと突き出している。


「ちょ、ちょっと待て! キスって、唇と唇を重ね合わせるって、それが条件なのかこのシーン!?」

「そのとおりだろう。知れ切ったことを聞くな」

「いや問題はそこじゃなくてッ」


 本当はそこも問題なんだけど、という声が自分の中で聞こえた気がしたが、ゼンはそれをウサギの戯言や……ずきん、と痛む胸とともにやり過ごした。


「そこの坊やが危惧した通りさ。唇が触れた瞬間、汚染された龍脈が彼女を介して桂騎習玄の肉体に侵入する。そういう仕組みになっている。よくて精神汚染で済むけど、最悪内部から肉体がグズグズに溶かされる。ここまでさんざん骨を折らせて申し訳ないけどさ、これはおたくらの敗北が最初っから決まった勝負なわけ」


 もはやロールプレイする必要もないのだろう。壇上に背をもたれた不遜な姿勢のまま、甲高く声を発して習玄たちを嘲弄する。


「……ちょっと待ってろ! 冬花から預かった『女王』なら……っ!?」


 そこでゼンもまた、ハジメの真意を知った。

 この男がは彼らから『駒』を取り上げたのは、自分やみのりを模した『素』の主に危害を加えられることを恐れていたのではない。そんなものは最初からループさせることで容易に回避できることだった。

 ハジメは、『女王』の使用で龍脈の汚染を解毒されることを妨げるために、『駒』そのものを取り上げたのだ。


「なんなら、気のすむまでやろ直せば良いさ。でも結局はこのエンディングにたどり着くし……そんなくり返してる時間が君らにあるのかなぁ?」


 爪の手入れをしながら、色市はもはや自分たちを見ようともしなかった。

 ねっとりと、絡みつくような物言いをするハジメの頭上では、いつわりの太陽がステンドグラス越しに照っている。だがその空は、音を立てておおきく亀裂が入りはじめていた。


「……なんか、別の方法はないのか!? 時州!」

「ないね。このルートは開発の都合で、特定のルートに入れば一本道だ」


 自分の命にかかわる危機でさえまるで他人事のように言ってのける瑠衣は、平常運転だった。

 そして決死の二者択一を迫られる習玄の横顔にも、動揺や焦りの色はなかった。

 右往左往、右顧左眄しているのはゼンひとりだけだ。


「貴様にしては、めずらしく頭を使ったようじゃないか。色市」

 小者の顔は目に映す価値なし、と言わんばかりに視界に入れようとしないままに吐き捨てた。やはり余裕の勝利者ぶっていはいても、相手の平常心が崩せないのが気に食わないか、ハジメは姿勢を正して祭壇に手のひらをたたきつけた。


「ハッ、そうやって皮肉を言えるのも今のうちだ! ヘドが出るほどの正論家ぶりも、今日までなんだ! 昔のよしみ(・・・・・)で選ばせてやるよ! おまえ一人が狂死するか、仲間を道連れに死ぬか!?」


 興奮のあまり、ハジメはさらっととんでもないことを口走った気がする。だが事態はそれどころじゃない。

 予想を考えるまでもなく、実直な習玄が導く答えは知れ切っている。

 彼は自分の身を犠牲に、他者を救う道を選ぶはずだ。


「……ヤケをおこすなよ桂騎。オレたちの『駒』はかならずこの空間のどこかにある! それを探してくるから」

「断る」

「そう、だから彼女とキスしちゃ…………え?」


 ゼンは、一瞬自分の聞き間違いだと錯覚した。

 だが、習玄の棗色の双眸はハッキリと、拒絶の意志を花嫁へと向けていた。


 そして今度は時間をかけてゆったりと、滑舌もしっかりと、改めて言葉にした。




「断る。俺に君の口を吸う気は、毛頭ない」

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