(7)
鏡塔学園高等部屋上。割れたタンクの、傾いた先端。
抜けるような青空。風になびいて目に見えるほどに勢いよくなびく雲。
それらに一切関心を寄せることなく、葉月幽は、目をつぶって右手を虚空へかざしていた。
肉体は現にそこにあるが、意識はそこよりはるか下方、地底ふかくの龍脈の中へと飛んでいた。
「どこだ……どこに潜った」
勝手に唇から、そんな声が漏れた。
だがそれは、あくまで彼女の独り言だった。
誰かに返答や反応をもとめたわけではなかった。
饗庭ヒビキはそのことを理解していた。
報告すべきかしないべきか。自分がもたらす報せが、果たして彼女のその瞑想を妨げるほどの価値を有しているのか。
そう思案していた矢先、
「なんの用だ?」
と彼女が問う。
振り向きもしない。だが自分の存在が彼女にとって自分は未だ認知されているということを、彼はひそかに喜んだ。
だが素直に笑えることでもないので、表情には出さない。
それに、愉快なニュースというわけでもなかった。
「ハジメが、勝手に動いている」
目立ったリアクションはない。
うっすらと開けた目は、まるでそれを司る神に挑むかのように、蒼天をにらんでいた。
いつもの彼女ならば、具体的な指示や対処はともかくとして、舌打ちのひとつしても良さそうなものだが、それさえもない。
「……どうする? たしかに奴の得意分野に持ち込めば、あるいは桂騎らを撃破できるかもしれない。だが、もし仕損じれば、ハジメが敵中に孤立することになる」
一応は参謀役としての役目をつとめつつ、盟主としての判断をゆだねる。
そんなヒビキを横目でにらみつつ、不老の鬼女はただ一言、
「知るか」
とだけ告げた。
「知るか、って」
「あいつには、十分すぎるほどの助言もしてやった。数えきれないぐらいの機をやった。なのに、今でさえあの体たらくだ。もはや付き合いきれるか」
タンクだった地点から飛び降りた彼女は、報告するヒビキさえも冷たく突き放すような声で、言った。
「あいつがやりたいというなら、好きにやれば良い。それで奴らを潰せるのなら、御の字だ。だが、自分のケツも持てねーようなら、勝手に死ね」
かつて、自分の友であった女が、彼を通り越して過ぎ去っていく。一瞥さえ、もはやくれることはなく。
そしてそんな彼女に、自分は何も語りかける言葉を持たない。よしんば諫言したところで、聞く耳を持たないだろう。最悪の場合、次に殺されるのは自分、ということにもなりかねない。
「……ようやく、貴方を見つけられた。これで、貴方を救うことができる」
葉月幽の背を目で追う。だが、その独語は彼女にではなく、彼女が探す男へと向けられたものだった。
「だが、その時変わり果てた僕らを見て、貴方は大いに失望するんでしょうね……殿」
自嘲ぎみにヒビキは嗤い、その目をすでに消えた少女から、己の半開きの拳へと移した。
極度の緊張に合わせるかのように、肉体を構成する黒い札がざわめき、表皮の下でうごめいているのが精神を通じてわかった。
その震えを止めるべく、彼は拳を握りかためる。
葉月幽に倣って、青い空を、挑むように睨んだ。
「それでも良い。憎まれても、敵になっても、殺されても良い。僕らがまとまるには、貴方が必要なんだ」