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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第六話:元書生なおれが異世界転移!? 空想で無双! ~ある恋のおわり~
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(5)

 屋上から校舎を眺めてみると、今年の春ごろと遜色ない景色が広がっていた。

 今が冬で、ここが崩壊寸前の異空間で、青空に巨大な亀裂が入っていることを除けば、だが。

 本来なら腰を抜かすような天変地異が起きているにも関わらず、高校生姿の木偶は、楽しげな笑い声を屋上に届くまで響かせて、サッカーボールをグラウンドで蹴たぐっていた。


「よくもまぁ、ここまで再現できたものだ」


 ひとりそう感心して見せる習玄は、あきれる女子高生……もとい自分を追って侵入してきた新田前と時州瑠衣を見た。


「……やはり、このコロニーを作ったのは、色市ハジメ、なんでしょうか」

「いや、多少の改変は加えられているが、基本となっているのはみのりちゃんの記憶だ。私と君が最初に会った夜から、兆候は見られていたからな」


 何気なく、かつさりげなく、ウサギはベンチの上で言った。

 習玄は眉根を寄せ、ゼンは顔をけわしく歪めた。


「おい、ちょっと待てよ」

「そうだな、諸君らの言いたいとこはわかる。発熱や紅潮、精神の不安定化……兆候こそ何度か見られたが、まさかここまで汚染に耐える人間がいたとはな。ひとえに彼女の資質によるものだろう。もう少し修練を積めば、すぐれた霊能者にもなれるやもしれんが」

「そういうことを言ってるんじゃないっ! あんたまた知ってて黙ってたのか、彼女がすでに汚染されていたと!?」

「言う機会もなかったし、義務でもないからな。よしんばそれを知らせたとて、何ができた? お前自分で言ってたし、実体験済みだろう。龍脈の汚染は、顕現してからでないと除去できない」


 ゼンは気色ばんで詰め寄った。

 だが、それ以上瑠衣をなじることはできなかった。痛いところを突かれて、自分にそのことを責める資格はないと、悟ったのだろう。

 彼の旗色の悪さを察し、また彼の怒りが自分を想ってのことだと知っているからこそ、習玄は両者の間に立って制止した。


「俺が、最初に気付くべきだった。いや、うすうす察しつつも、それを重要視せず、後回しにしていた俺に非がある」

「……急に聞き分けよくなりやがって……」


 不満げに唇をとがらせるゼンに対し、申し訳なさを前面に出して習玄は苦笑いした。

 だが、すぐに真顔になって、


「そういうことだ。君が彼女を見落としている間も、彼女は君を見続けていた。それこそ、ここまで再現度の高い『鏡塔学園』を演出してみせる程度にはな」


 というウサギの指摘を甘受した。

 ここまで来たら、認めるほかなかった。

 自分がここまで気にしてこなかった、彼女の本当の想いというものを。

 と同時に、彼女に対するおのれの仕打ちを思い返して、頭と胸に、ガンと釘でも打ち込まれたような鈍痛がはしる。


「まぁ、今のお前の気持ちはわかるけどな……痛いほど」


 渋い顔をする習玄の肩をたたき、ゼンは言った。

 ただ、習玄が悩んでいたのは自らの仕打ちのみではなかった。


「みのりさんが俺に恋愛感情、もしくはそれに近い憧憬を抱いていたとして、ひとつ腑に落ちないのですが」

「なにが?」

「何故、妹なんですか?」

「は……?」


 本気で意味がわからない、といった感じで瑠衣は聞き返した。

 だが、意味がわからないのは習玄も同じだ。


「肉親であれば恋人や夫婦になどなれるはずもない。まして、慕情を持つなどありえない。となれば、みのりさんはなぜここでの自らの立ち位置を、『妹』などに置いたのでしょうか」

「……君、さっきわたしが言ったこの世界のモデルとなったゲームのタイトル、覚えているか」

「はぁ、ずいぶん冗長な名前だった記憶がありますが、でも家族愛を疑似体験するたぐいのものだと察せられます」

「それでも、わからんというのか……!」

「……お前、いったいどんな生活送ってたんだ」


 ふたりから、咎めるような、呆れられるような、そんな視線が注がれる。

 自分としては非常識的な前提を指摘したはずなのだが、かえってこちらの常識が疑われてしまうという不本意な結果がかえってきた。


「というわけだ。そこな朴念仁はとことんこのテの方面に疎い。そばにいてサポートしてやろう、新田」

「……オレもそこまで詳しいわけじゃないけど、わかった」

「お願いする。じゃあまず、どうしてみのりさんが自分を妹と指定したかについて」

「うるさいな! 恋愛にもいろいろあるんだよッ、そこは流れで察しろ!」

「そう、恋や愛の形はいろいろ、なぁ?」


 やたら絡むような言い方をするウサギに、

「そうだよ、い、いろいろ……あるんだ」

 と、ゼンは言葉を詰まらせた。


 妙に弱腰になったゼンの真意を問いただす間もなく、ウサギは「さて」と気合を入れてベンチから飛び降りた。


「もうすぐインターバルが終わり、定期の朝礼イベントが起こる頃合いだ。やるべきことは、わかっているなカツラキ君」

「井戸先輩のときと同じですね」

「そうだ、メイド喫茶のときとやり方は同じだ」

「……あんまり思い出したくない」

「おそらく色市ハジメは君がそうした方面が苦手だと知っているからこそ、ここに引きずり込んで我々を消滅させようとしている。だが、コロニー自体は彼女の霊力によるものだ。『龍ノ巣』の原則をくつがえす力量はあの男にはない。ゆえに、宿主たる氏家みのり嬢の願望を成就させ、この世界を彼女自身の意志でもって解放させる。くり返す。メイド喫茶と同じだ。ロールプレイに徹しろ。このゲームを、ハッピーエンドまで導け」

「くり返す必要あったか!? なぁ、今あったか!?」

「なるほど、『こちらのご主人様がオムライスをご注文されましたので、今からおいしくなるおまじない、カケカケしますーニャ☆ 他のご主人様お嬢様も一緒になって、お祈りしましょーッ!』と似たようなまねを、今度は俺がやれ、と」

「なんで一字一句覚えてんだよッ!? もっと覚えるようなことが、先にあっただろ!?」

「そうだ、『お声が遠いにゃー! このマジカルカチューシャに、ちゃーんとみんなのラブ電波が届くように、大きなお声でお願いしますー! おいしくデリシャス萌え萌えキュンキュン!』と、同じことを、君がやるのだ!」

「だからなんでお前らオレをイジることに関しては息ピッタリなんだよォー!?」


 新田前の悲痛な叫びが偽りの空に向けて轟いたが、それを気にするような人間は、この世界において誰もいなかった。

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