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其ノ一、約束の始まり

「榊は居るかぇ?」


 厨房と廊下か仕切る暖簾を軽く腕で避けて顔を出した貴椿の顔を見て、榊と呼ばれた料理番は効率良く剥いていたじゃがいもをぼとりと取り落とした。


「……き、貴椿太夫!?

 ま、またいらしたんですかッッ?」


 昼餉も終わり、暇な時間帯であるこの時間を見計らって訪れた貴椿に、顔を赤く染め上げながら榊は動揺した様子で慌てる。


「昼ほどはゆるりとした時でありんしょう?あがりの時分ぐらいゆっくりとさせておくんなまし」


 その様子を揶揄うように袖で口元を隠してクスクスと笑う貴椿に、榊はますます狼狽える。こうして揶揄われた過去で勝てないと悟っている榊は、身分の高さにも関わらず厨房などに訪れる貴椿を諌めるよりも、貴椿の目的を早々に達成させて去って貰う事に思考を切り替えて、半ば諦めたように話題を転換した。


「はぁ……、野分さんに俺が怒られるんですよ……。

 どうされました?」


 貴椿はおあげを貰いに来たのだが、料理人として一流である榊が提供する食事を、例え拾われた狐の餌だとしても忘れる訳はない。朝も昼も、きちんと貴椿の膳と共に狐の食事も運ばれてきて、それをペロリと全て平らげている。それは下げられた膳で榊も確認済みであろうから、どうしたのかと訪ねているのだ。


「それがな、おあげが無いせいか紫紺(しこん)が不機嫌でな……」


 困ったように笑む貴椿は少し首を傾げて榊へと視線を遣る。貴椿の手練手管に榊はまんまと揶揄われ、顔を赤くしながら冷や汗まで浮かべて貴椿の視線から逃れるように、わたわたと冷蔵庫へ頭を突っ込む勢いで覗き込む。


「え、ええとっ

 おおおおおあげですね、おあげ!!

 おあげ、おあげー……」


 覗き込む榊の声が「うーん」と渋る様子へと変化していく。


「ありんせんか?」


 心配そうにそう貴椿が問うた瞬間「あっ」と榊の声が上がる。


「あったあった、ありましたよ。」


 ニコニコとしながら顔を上げた榊の表情に、貴椿もほんわりと笑む。


「どれぐらいご入用で?」


 問われて一瞬考えるように瞳を伏せるが貴椿はすぐに顔を上げる。


「そうじゃな、取り敢えず2枚もありゃあ満足すると思いんす」


「じゃあお持ちします」


 不自然に逸れる榊の視線にまだ揶揄いたい衝動が沸き起こるが、部屋で不満を訴える存在の要望を叶えるには榊の手際が重要となる。少し残念な心境を抱えながら榊をそっとしておいてやる事にしたらしい貴椿はやっと部屋へと戻っていった。

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