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其ノ一、約束の始まり

 桜も満開の春只中の午後、春うららという言葉が正に相応しい日和にも、吉原ではいつもと変わらぬ日常が流れていた。


「貴椿太夫」


 1人の太夫に付く世話役の中でも、それらを取り仕切る立場にある番頭新造(ばんとうしんぞう)である女に呼ばれ、貴椿(きつばき)と呼ばれた女はゆったりとした仕草で振り返った。


「なんでありんしょうかぇ?

何か御用でありんすか?」


 古めかした言葉遣いだが、貴椿がそれを操るとどうにも不思議なのだが何の違和感もなく滑り込んでくる。廓詞と呼ばれるそれを如何に流暢に操るかも、遊女の品格を品定めする一つの要素とされている。


「今晩のお客は甚介(じんすけ)なお人でありんすから、気を付けてくんなましね」


 此方も随分流暢に廓詞を操る番頭新造だが、それもその筈。大見世である惣籬(そうまがき)でダントツの人気を誇り、太夫への昇格前に身請けされ吉原から去った、最上級と呼ばれた花魁の一人なのだ。身請けされたにも関わらず、何故番頭新造などと言う身分も低く、面倒な世話係を吉原でしているのかと言うと彼女曰く「この世界は厳しく、楽しいから」と口にしたと言う。粋な彼女の生き様は最早知る人ぞ知るところで、吉原中の遊女達にとっては憧れの「格好良い女性像」を具現化したような存在だ。


「あい、重々肝に銘じていんす。

なんのまあ、お方様に至ってはあの性分は地獄に落ちても治りんせんでおざんしょう。

 野分もこないだはお方様に迫られて手数ではなかったでありんすか?」


 ヤキモチ妬きの客や、遊女相手に本気になる男も多いが、その中でも特にヤキモチ妬きな男が貴椿の今晩の客らしい。しかも番頭新造の野分(のわき)にまで言い寄っているのだから、手に負えない女好きだ。


「そんなことに心づかいをなさりんすな、大したことではおざんせん。

今晩はあがりでおざんしょう、吉原もお客入りのけちなこと」


 ふんわりと笑う上品な笑みで貴椿の心配を包み込むと、今日は暇だろうと告げて「狐の世話も捗るでありんしょう」と言い残すと今晩貴椿が纏う帯色について訪ねて去っていった。

 酔狂な人も居るものだと野分の背中を見送って、貴椿も部屋へともどった。


「ああ、おあげを持って行かねばな」


 独り言でそう呟くと、一度厨房へ寄る為に方向転換して歩を進めた。

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