プロローグ
部屋に入ってからはキョロキョロと見回したり、化粧箱を匂ってみたりとしていたが、窓を見つけてからは前を足窓枠に掛けて後ろ足で2本立ちになり、ずっと上を見ていた。空を見ているのだろうか。この部屋の窓枠は人間の膝程度までしかないから狐も後ろ足で立てば何とか見えるが、体制が苦しそうだ。
狐は此方など眼中にないとでも言うように、無心に空を見つめている。今なら少しは大丈夫かもしれない。
狐の脇下にサッと手を差し入れて持ち上げる。気付いた狐は暴れようとするが、それより一足早く窓枠の上で手を離した。
「ほら、この方がよく見えんす」
窓には欄干もあるし、狐が落ちることもないだろう。
狐は警戒したままだったが、空へとまた視線を戻して間も無く、雨が止んだ。
「狐が嫁入りしぃしたな」
そう呟いて狐に視線を戻した瞬間、ちょっと引いた。
「ど、どうしぃした?
そんなにしょぼくれて……」
耳も垂れていれば尻尾も全て垂れ下がっている。いや、狐の尻尾はそもそも上向いてはいないが、これだけ本数のある尻尾が全て見事なぐらいに下を向いていると物凄い落ち込みを演出してしまう。
落ち込んだ様子のまま座り込む狐を見て、状況を判断する。
「嫁に行きそびれたでありんすか?」
すると横目で恨めしそうに睨んでくる。
「そりゃあ災難……
見るからに見てくれも普通のお稲荷さんとは違いんすから、主は化け狐でおすな」
すると狐は不満を訴えるように窓から飛び降り際、ベシリと顔を叩いて部屋の中に着地した。
痛くはないが、商売道具である。
「こら、嫁入り前の女の顔を叩くもんではありんせんっ」
少し強くそう言うと、布団の感触を確かめるようにグルグルと回っていた狐がぴくりと反応して耳までピンと立てて此方を凝視してくる。
「……なんじゃ」
急に此方に興味を示したかのような狐の反応に首を傾げていると、狐は布団から降りて目の前にストンと座った。本当に目の前だ。少し手を伸ばせば触れられる距離で座る狐。見つめる自分。
「……虫が減りんしたか?」
すると崩した正座の膝に猫がするように頭を擦り付けてきた。
頭を、擦り付けて、きた!!
「ああ、可愛いッ
凶悪じゃ!!」
思わずぐりぐりと撫で回したくなった衝動を何とか堪えて、そっと抱き上げてみる。何故か抵抗しない。
可愛い……
凶悪な可愛さに癒されつつ、抵抗しないのを良いことに膝の上にそっと乗せてみるも、抵抗しない。