プロローグ
中庭へ出ると、満開の桜が出迎えてくれる。
ひらひら舞う花弁に、朝の淡光に反射して光を得た雨粒が幻想的に空間を染め上げる。ああそら、幻想が降ってくる。
地面の桜の上を歩いて、音の原因を探す。暫く茂みを覗いてみたり、桜の木を見上げてみたりもしたが、それらしいものは見当たらない。人の出入りした気配はないし、やはり動物なのだろうが見付からないと言う事は人間を警戒して隠れているのだろう。なら私が居ない方がいいに違いない。
餌だけを用意してとっとと消えようかと踵を返した。
ガサッ
返した踵をまた中庭の方へ戻した。
「……主は気にして欲しいのか欲しくないのか、どっちかハッキリしんせんなぁ」
少し混じった廓詞は標準語と合わさると大層歪だろうが、動物と自分しかいない状況は取り繕う気にもならない。別に構わなかった。
「わっちは消えた方がいいのかえ?
別に消えても主の食事ぐらいは持ってきんすよ」
答えるはずの無い動物に話掛ける。別に答えを求めているわけではない。ただの独り言と言うか、自分を納得させるための一人問答のようなものだ。
ガサッ
するとまた茂みが揺れた。
なんぞ、面白うなってきいした……。
「何が食べたいんありんすか?
そうじゃな、今日の献立に使われる物なら何でもよいよ。
確実なのは味噌汁の中の……、わかめ」
シーン……
「大根」
シーン……
「人参はどうじゃ?」
シーン……
一向に返ってこない返事モドキに、ガッカリする程のことでもなく、狐の嫁入りも終わりそうなので、虹を見ようと上に帰ろうかと思い始めた。
「あとはそうさね……
おあげぐらいでありんすな」
ガサガサガサッ
味噌汁の最後の具を口にした時、一際大きな音がした。それは目にも見える程の揺れで、一等大きな桜の木の一部が揺れていた。
そこか……
「揚げ屋が近くにありおすからな、揚げ立てのおあげがいつも入っておす」
半ばからかうように言葉を続けて、一歩一歩桜の木に近付いて行き太い幹に手を掛ける。枝に足を引っ掛けて、音が立ちそうになったら声で誤魔化す。
「厚みのあるおあげをそのまま切って食べたりもしんすな。ジュワッとした食感たるや、頬が落ちそうなぐらい美味でな」
ガサッガサガサガサッッ
そら、見つけた。
やっと登り切った桜の中見えたのは、
純白の、尻尾だった。