表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

プロローグ

雨が降る

音もなく、はらはらと。

桃の花弁を巻き込んで、

汚れを少しずつ流していく。


嗚呼、世界は美しい――




「では、気を付けて帰っておくんなましよ」


 気怠げに欄干に凭れてそう言葉を転がせば、男は簡単に顔を赤くする。その様子の男を何処か下卑たものを見るような気持ちで見送り、やっと部屋へと戻る。


「もう兎は飛びぃしたか?」


 部屋へ戻って妹分にそう問えば、そちらも仕事上がりなのだろう、気怠げに頷いた。


「大門はもう開きぃしたよ。

 全く、手数な客でありんした。

 わざわざ大門まで送らにゃもう来んせんと仰りぃすから、行って来たでありんす。

 丁度そん時ゃ大門も朝の音立てて開くところでありんした」


 それは大層面倒だったことだろう。小雨とは言え雨の降る中女を外まで送らせるとは、あまり気の利かない客のようだ。

 お客の帰る朝6時頃、吉原の町へと入る大門は重い軋みを立てながら開く。昔に使われていた時間の単位で「卯」と呼ばれるその時を、吉原で働く女達の間では「兎が飛ぶ」と表現したりする。

 近代化の進んだ現代に取り残されたかのような空間の街、それが吉原だ。関西の島原、関東の吉原を一緒くたにした歪な街は、現代の歪みを凝縮したかのような小箱だ。

 今日は先程からしとしとと優しく雨が降っている。折角の八分咲きの桜が、満開を迎える前に散ってしまうのではないかとも思ったが、この勢いの雨ならばあまり散ることもないだろう。


「そりゃあ災難でありんすね。よく来るお客人でありんしょう?」


 その時世話役の禿(かむろ)が入ってきて、妹分を通り過ぎ私の着物を脱がせ始めた。昨晩は床入りする事もなく夜が明けたので、重い着物を纏ったままだ。

 スルスルと突っかかることなく順調に脱がせていく禿を見て、上手くなったものだと少し微笑む。


「あい、そうざんす。

 もう来られんでもようござんす」


 辟易したようにそう零す妹分に苦笑して、ようやく帯を解き終わった禿に礼を言う。


「ありがとうさんでありんす。

 そう申すもんではおざんせん、お客人の付きんせん女もいっぱいおざりいす」


 目一杯微笑む禿が微笑ましく、後で菓子でもあげようと思い付くが、今は邪魔しないようにじっとその小さな姿を見下ろす。

 不満げな妹分はそれでも素直に謝って、自分の着物を脱がせる為に禿を伴って私の部屋を後にした。その時禿にバウムクーヘンを手渡すと満面の笑みを浮かべていた。

 うん、良い朝だ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ