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必勝の裏

作者: 壱札キセキ

 何か目的を持ったうえで結果を出し、他人より優れていなければいけない。結果を出せなければ「使えない」という烙印を押され、どこに行ってもゴミと同じ扱いをされる。他国より国内情勢は平和でも、その中で起こる生き残りを賭けた戦いは過激だ。

 そのためか、最近うちの国では自殺者の数が激増している。体に問題がなくても、心を病んで生きる気力を失ってしまうらしい。生きることが嫌になったから死んでしまおうとは、何という短絡思考か。テストの結果が悪かったから学校を燃やしてしまえー、と喚く子供じゃあるまいし。

「悲しいことです。たとえ希望を失って前を向けなくなっても、横を向けば別の道や仲間の存在に気付けたかもしれないというのに……」

 太陽が少しずつ西に傾きつつあり、それでもまだ十分に明るい昼と夕方の中間。

 訳あって本来の姫様の仕事を代わりにしている影武者姫様は、重々しい溜息と共に語った。悲しいかどうかは別にしても、後半の意見には同意せざるを得ない。一本しかないように見える道が、実は幾つにも別れているという話はよくあることだ。

「しかし、そういう状況に人々を追い込んでいる社会を作っているのは……私たち王宮の人間なのですよね……」

「政治に直接関われない姫様が悩むことじゃないだろ。ましてや、あんたは人間でもないんだから」

 何故か当然の如く俺の家にいる姫様へ、俺は視線も向けずに返す。素材からして高級なドレスを着た、短い金髪をした彼女はどこか納得出来ないように口の中でぶつぶつ言う。

 マリア=C=シラヌイ。それが彼女の表向きの名前であり、本物の姫様の名前だ。もちろん影武者である彼女の本名は別にある。

「そうですが、やはり目の前に困っている人がいるのに何も出来ないのは苦痛です」

「真面目だなぁ。精霊って全員がそうなのか?」

 筆を一旦置いて、パレットに緑の絵の具をにゅるりぃんと出す。そして隣に出してあった白と筆でかき混ぜ、うっすら緑が付いている程度の淡い色を作ると、それを立て掛けたキャンパスに塗っていく。一見塗れているかどうか判らないが、遠目に見たり乾いたりすれば、色がしっかりあると判るはずだ。まだ完成していないので知らん。

 それはともかく――この影武者姫様は今言った通り、精霊と呼ばれる存在だ。人間と精霊の共存する世界、それが俺たちの住む世界である。

 精霊は各大陸によって数こそ違うが、基本的にはどこでも存在している。歴史を遡れば記録が残り始める時代よりも以前から両者は関わっていたとされるが、本当のことは未だ謎に包まれていた。

 医療がある程度発展した現在でも人体は謎に満ちていると医者は語るが、学者に言わせれば精霊はそれ以上に謎の生命体らしい。

「人が一人ずつ性格や嗜好など違うように、精霊にも違いはありますよ。私のように人間社会に溶け込む者もいれば、全く関わらない者もいます。法に忠誠を誓う考えの持ち主がいれば、残念なことに罪を犯しても構わないという考えの持ち主もいるのが事実です」

 軽い冗談のつもりだったのだが、思った以上に真面目な返答をされてしまった。まぁ、これくらい真面目でなければ王宮も一国の姫様の影武者として、彼女を選ばなかったことだろう。いくら見た目が瓜二つでも、それ以外が適していなければ影武者にはなれない。

「ご尤も。――だけどさ、実際問題として誰もが不満を持たずに済む世界なんてものは存在しないし、作れねぇよ。どれだけ平和で平等な世界でも、必ず人間は『退屈だ』『不公平だ』とか言って不満を持つ。仮にそんな世界を作れるとしたら、その手段は……」

「えぇ、判っています。それでも、自分の無力さを悔しく思ってしまうのです。王からも治すように言われているのですけれどね」

 苦笑しているにも関わらず、どこか嬉しそうな色を声に乗せるのだから判らない。この美人な精霊がどんな思想を持って、何を嬉しく楽しく思い、何に悲しみ怒るのか。人間よりも遥かに長く生きる精霊の心の内は、一生かけても俺には理解出来ないことだろう。

「しかしまぁ、それも本来はあんたが悩むべきことじゃないよな。影武者なんてやらなければ、あんたは普通の精霊でいられたんだから」

「確かに。これは私が持つべき悩みではなく、本物の姫であるマリアのものなのでしょうね。ですが、それを言っても今更ではありませんか」

「あっさり切り捨てたなぁ。マリアはあんたの親友だろ?」

「だからこそですよ。親友と、便利な知り合いは全くの別物ですから」

「言うねぇ」

 笑いながら筆を水入れに浸けると同時、ノックも挨拶もなしに家の扉が勢いよく開かれた。遠慮の「え」の字もなくズカズカと入ってきた一人の少女は、相も変わらず体のあちこちに傷を作って赤く染まっている。

「アド、ただいまっ! あとハラ減ったからご飯作って!」

「人の名前を略すな。ここはお前の家じゃねぇ。飯くらい自分で作れ」

 もはや恒例となりつつある傷だらけの少女に対する文句を言って、俺はパレットと筆を傍らのテーブルに置いた。自分で作れと言ったばかりだが、料理の「り」の字も知らない彼女に実際やらせたら台所が惨状となることは目に見えている。それはもう一種の芸術なのでは、と思えてしまうほどに。

 美術学校の制服の袖を捲り、エプロンを着けながら影武者姫様にも食うかどうか確認する。精霊は食事をしなくても生きていけるが、人間と同じように食事をすることも出来るのだ。姫様の返事はイエス、折角だからということらしい。

「あれ。アミニア、どうしたの? こんなトコに何か用?」

 人の家を「こんなトコ」とは、これいかに。

 台所へ入った俺の耳に、アミニアと呼ばれた精霊の小さな笑い声が届く。

「おかえりなさい。仕事も家族も放棄して余所様に迷惑をかけながら毎日喧嘩ばかりの好き勝手な生活を送っているマリア。貴女のおかげで私は軽く傷つきました」

「あれー? 何で私、帰ってくるなり説明口調で散々言われてるの? それから……えーっと、ごめん?」

 影武者姫様と瓜二つの顔をした、傷だらけの少女――マリアは微塵も重たさを感じさせない口調で謝る。俺とアミニアの口から溜息が漏れたのは同時だった。

「それは置いておきましょう。今日ここへお邪魔したのは、他でもなく貴方たちに相談したいことがあったためです。尤もマリアの場合は相談と言うより、報告と言った方が良いのかもしれませんが」

「報告? 何かあったの?」

 仕事も家族も放棄しているが、一応彼女は本物の姫であるマリア=C=シラヌイだから伝えておく必要があるだろう。アミニアはそう考えているのだろうか。まったく、繰り返すが真面目なことだ。

「王宮地下にあるカジノで、どうやら半不正行為が行われているようなのです」

 柔らかな口調から一転、真剣な声音でアミニアは言った。


   *


 俺たちが住む国は、良くも悪くも「割り切る」考え方を持つ人が多いお国柄だ。俺の主義である「他人は他人、自分は自分」という考えもその一つである。

 とはいえ、世界には割り切れないことが数えきれないほどある。身近な例で言えば十を三で割った場合や、悲しみや苦しみの感情などがそうだ。

 アミニアの持ってきた相談事というのも割り切れない類の話らしく、俺が三人前のフレンチトーストをテーブルに運ぶと説明が始まった。

「マリアはもちろん、アドルフさんも王宮の地下にカジノがあることはご存じですね?」

「あぁ。この国の観光名所の一つでもあるからな」

 頷き、俺はフォークをトーストに刺す。

 王宮の地下にあるカジノは国民なら誰でも知っているだろうし、外国の人間でも観光が趣味なら聞いた覚えがあるはずだ。どこでも王宮は神聖な場所として扱われているのに、うちはその神聖な場所にカジノを作ったのだから一時期は相当話題になった。当時は反対意見も多かったが、数年のうちにこれが観光名所となって国の経済事情を良くしたこともあり、いつの間にか反対意見の声は小さくなっていった。

 何でそんなことになったのか。マリアは興味がなかったので知らないらしいが、アミニアが説明をしてくれた。

 曰く、昔のこの国の秩序はかなり酷いものだったらしい。麻薬、酒、煙草、ギャンブルが取り締まれないことは普通で、酷い時は警察官十人がヤクザに虐殺される事件もあったうえ未解決なのだとか。

 原因は法律による厳しすぎる制限。煙草や麻薬をはじめ、アルコールですら医療用のものを除けば所有していただけで死刑になった。

 規則に次ぐ規則だらけの生活に我慢出来なくなった国民は、暴動に近い形で煙草などの密輸を開始する。結果、警察や王宮ですら手が付けられないほど酷い状況になってしまったのだ。

 そこで次の王は、若干の制限はあっても実質的な禁止制限解除と言って良いほど法律を緩くしたのだ。煙草も麻薬もアルコールも度を過ぎなければ自由にして構わない、と。

 ただし、さすがに金銭の動くギャンブルだけは自由にさせられなく、妥協して採用された方法が王宮の地下にカジノを作るという案だった。王宮の監視下ならギャンブルも許容しようということである。

 で、アミニアはそのカジノで半不正行為が起こっていると言うのだが……。

「なんだよ、半って。不正行為じゃないのか?」

「完全な不正行為なら取り締まれるのですが、そうではないのです」

 訳が判らん。

 自分のトーストを平らげ、俺やアミニアの分にまで手を伸ばそうとするマリアの手に二本のフォークが突き刺さり、絶叫が響く。しかしお構いなしに話は続いた。

「行為そのものは不正なのでしょうが、実害も証拠もないのです」

「どういうことだ?」

 先端が赤くなったフォークの代わりに、予め用意していた二本目のフォークをトーストに刺す。む、いつの間にか少し減っているだと!?

「最初は利用客の一人からの報せで、ポーカーで勝ち続けている男性がいるというものでした。調べたところ、確かにその日の彼は連勝し続けており結構な量を稼いでいました」

 ポーカーとは、トランプでするゲームの一つだ。最初に決めた回数だけ手札を変えて、五枚の手札の中で決められた組み合わせを作る。そしてより強いとされる組み合わせを作った方が勝つというルールである。有名なワンペア、スリーカード、ロイヤルストレートフラッシュなどは、ポーカーに興味のない人でも聞いたことがあるだろう。

 しかし、それだけでは不正行為と言えないだろう。誰にでも程度の差こそあるが、運が向いている日はある。偶然ではないだろうか。

「ええ、もちろんです。しかし調査を続けると、彼はその後もカジノで勝ち続けているのです。大体三日おきに来られ、昨日で五回目だったのですが……やはり圧勝でした」

「なるほど、そりゃ変だな」

 ギャンブルは確かに実力も大切だが、同様に運も必要となる。両方を兼ね備えたプロも世界にはいるが、それでも連勝ばかりすることは難しいだろう。多少の負けがあっても、気にならないほどトータルで勝っているなら話は判る。

 だが、アミニアは「勝ち続けている」と言った。この精霊は長く生きているだけあり、俺より遥かに言葉の持つ意味や印象について深く知っている。その彼女が「勝ち続けている」と言うのだから、それは事実なのだろう。

 しかし、それなら明らかに不正を行っているようにしか思えないのだが……。

「待ってよ、アミニア。不正行為がどうのって話は置いておくとしても、実害がないっていうのは変じゃない? 相手の方から苦情とかは出ないの?」

「それが出ないんです。どうやら彼は仲間内ばかりでゲームをしているようで、負けた相手の方は文句もなく楽しんでいるだけなんです」

 なるほど、仲間内なら文句も出ないだろう。

 賭けで必勝する奴がいて、問題になるのは相手に大きな負担がかかるためだ。つまり、見知らぬ相手に突然金銭を奪われたことと変わりないのである。

 しかし、それが仲間内なら話は別だ。この場合はお互いに相手のことを知っているわけであって、そのうえでゲームに参加している。つまり双方の合意があってゲームをしているのだから、文句が出るはずもない。

 それにしても……仲間内でゲームを楽しめるほど場所に余裕があるとは、一体どれほど広いのだろうか。賭けに興味はなくても見てみたい気がする。

「でも、それならそれで別に良いんじゃない? だって仲間内のことで、周りに被害が出てないなら気にする必要もないでしょ」

「いや、そうはいかないだろ。結構な問題だぞ、これ」

「え、何で?」

 首を傾げるマリアには、アミニアが俺と代わって答える。

「不正行為があるにも関わらず、放っておくことは出来ません。理由がどうあれ、王宮が不正を見逃したということになるためです」

「つまり、王宮の警備は役に立たないって公言しているも同然なんだよ。そうなれば国内の犯罪者にも王宮は舐められるし、下手をしたら外国から厄介事が運ばれて来るかもしれない。ここは威厳を保つためにも退いちゃいけない場面さ」

 なーる、とマリア。一般人の俺でも判ることなのに……。遊んでばかりいるうちに、姫様として受けた教育が消えてしまったのだろうか……。哀れ、マリアの担当教師。

「ところでアドルフさん」

「何だ?」

 改めて真面目な視線を向けてくるアミニアに、俺も姿勢を正す。

「私、喉が渇きましたので紅茶をくださいまし」

「……あんたも大概図々しいよな。マリアと良い勝負だ」

「失礼さで言うなら、アドルフさんもそうかと」

「ちょっと待てぃ! あんたら私を何だと思ってるのさ!」

『バカ』

 声を重ねることでマリアを沈めたあと、溜息を吐いて席を立つ。幸い台所にいても二人の声は聞こえるから、茶を運ぶまでの間にも話を進めさせてもらおう。

「だけどアミニア、それじゃあ状況証拠にしかならないぞ。今の法律で……いや、法律なんて持ち出さなくても、当の本人たちに認めさせることさえ出来ないだろ」

「おっしゃる通りです。だから不可解な点もまだ残っていますし、貴方に相談させてもらいに来たわけです」

「不可解な点? なにそれ?」

 マリアの声が向けられた方向は、明らかに俺ではない。

「マリア、貴女はこの話で不正は行われていると思いますか?」

「思う。っていうか不正じゃなきゃ無理でしょ」

「ええ。私も王も同じ意見です。すると次に、何故そんなことをする必要があるのか、という問題が出てくるでしょう?」

「何故……って、あぁそういうこと」

「そういうことです」

 王宮の監視下以外で賭けをすれば刑罰の対象となる。だったら仲間内でも何かを賭けてゲームをする場合、カジノでやった方が安全であることは明白だろう。しかし、そこからが納得出来ない。

 マリアの言う通り、不正行為なしで連勝を続けることは難しい。無理だと言っても過言ではないだろう。だが王宮の監視下で不正行為を働けば、当然監視の目は厳しくなる。そして不正が発覚すれば、これまた刑罰の対象となる。そんなリスクを負ってまでゲームをして一体何の得となるのか? メリットがまるでない。

「カジノって、最初に賭ける分だけの金額をチップに変えておくんだったか?」

「はい、そして最後に手持ち分のチップ量に応じて賞金をお渡しします」

「そのチップが、ゲームの中で扱われていた時より増えたってことはないのか? 他のゲームを件の連中がしていても、監視してるんだろ?」

「お察しの通り、彼らのカジノ内での行動は全て監視しています。しかし落ちていたチップを拾った場合を除いて、そんなことはありませんでした」

 安物の紅茶を配りつつ、俺は考える。どこかでチップを水増ししていたなら、ポーカーの勝利で手に入れたチップに混ぜて賞金を多く貰うという手も考えたが……それはないようだ。

「うぷっ、マズ……」

「じゃあ飲むな。精霊の飲み食いは趣味の一つでしかないんだろ」

 全く。本物の失礼な面まで真似するんじゃないよ。

 ふぅむ。

「連中の目的について考えることは、ひとまず止めておくか。アミニア、さっき『実害も証拠もない』って言ったけど、本当に何も証拠はないのか?」

「と言いますと?」

「物語であるような壁抜けとかは出来ないにしても、精霊は姿を消すことが出来るだろ? 連中の仲間に精霊がいて、その精霊が何か不正行為を働いていたとか……そんなことはないのか?」

 精霊については詳しく解っていない。だが当然ながら解っていることもあり、その一つが精霊の存在の仕方だ。

 人間には肉体があって、それを意識という道を通じて動かしているものが魂だと言われている。言い換えれば「肉体を持つ知的生命体=人間」というわけだ。

 しかし、精霊には肉体がない。

 とある学者によると、精霊は「肉体を持つ必要がなかった高貴なる魂」だそうだ。肉体とは魂を守るためにある鎧であり、鎧を身に纏う必要がないほど強くなった魂が精霊となり生まれる……とかなんとか。この見解については学界でも意見が割れている。

 では魂とはなんぞや、となるわけだが……難しいことは判らない。だから簡単に言ってしまうと「意思を持った高エネルギー体」だとか。学校では、自分で考え動き喋ることが出来る雷だと習ったが、精霊たちはこの例えを気に入っていないらしい。尤も、自分たちで自分たちが何なのか説明も出来ないそうだが、それは仕方ないだろう。

 だから「肉体を持たない知的生命体=精霊」という認識が最も一般的だ。

 まぁ肉体を持たないと言っても、どういうわけか連中は自身のエネルギーを集中させることで疑似的な体を作り出せるため、姿を見たり触ったりすることは可能である。もちろん実体化を解いている時は同じ精霊でも気配しか感じられず、見ることも触ることも出来ないらしいが。

 そして空気が壁を通り抜けたり、雷が屋根を通過して屋内の人間に当たったりしないように、精霊もまた壁抜けなどは出来ない。空気と同様、見えなくても在ることに変わりはないためと以前アミニアは語っていた。ただ、静電気が紙を浮かすことは出来るように、軽いものなら実体化を解いていても触れるらしい。

「それはありません。王宮の警備には精霊の者もいますが、彼らを監視していた精霊たちは何の気配も感じなかったと言っています」

「気配を消していたら?」

「更に無理です。気配を消すという技術は、肉体の内側に魂を仕舞い込むことで可能となりますが、私たち精霊には魂を仕舞う肉体がありません。故に精霊の気配は、常に漂い残っています。同じ精霊が気付かないなど、有り得ないと言っても過言ではありません」

 なるほど。高貴なる魂とやらには、高貴な問題や悩みがあるというわけか。案外人間も精霊も在り方が違うだけで、基本的には同じものなのかもしれないな。

「姿を変えていたら?」

「と言うと?」

 マリアの問いに、アミニアは首を傾げる。

「精霊は体を自分で作ってるんでしょ? だったら顔くらい、変えようと思えば変えられるんじゃないの?」

「……ではマリア。逆にお訊ねしますが、貴女に今すぐ心を入れ替えて王宮に戻りなさいと言ったら出来ますか?」

「ムリムリ。出来っこない」

「でしょう? それと同じです。精霊の姿は、その考え方・性格・経験・好みなど様々なものによって作られているのです。人が生まれてくる時に自分の姿を決定出来ないのと同じく、精霊も自分の姿を決定することは出来ません。私が貴女と瓜二つだったことは、奇跡にも近い偶然なのですよ?」

「あー、そうなんだねー……」

 落ち込むマリアに、アミニアは咳払いをする。

「もちろん例外がないわけではありません。大きな衝撃があると人の性格が変わることがあるように、精霊もまた大きな衝撃があれば姿を変えることがあります。ただ、これも自分の意思で決められるものではなく、大抵の場合は何かを失うという形で変わります」

「失う?」

「たとえば目がなかったり、腕や足がなかったり……などですね」

 ふぅむ。つまり警備をしていた精霊の証言がある以上、不正行為に精霊は関わっていないということか。

 待てよ? 不正行為をしていたのが、必勝の男でなかったら?

「カードの配役は誰がやってるんだ?」

「王宮が雇っている者です」

「そいつが不正をしたってことはないのか? もしくはカードに細工がされていたとか」

 あっ、とマリアが声を上げるも、アミニアは残念そうに首を振った。

「それも真っ先に疑いましたが、空振りで終わりました。配役の者を変えても、カードを変えても、彼らの勝敗は変わらなかったのです」

「マジかよー」

 俺は片手で目を覆い、椅子の背凭れに体重を預ける。

 不正行為があることは間違いない状況なのに、方法も判らなければ目的も不明。まだ考えていない可能性もあるだろうからチェックメイトではないだろうが、もうその直前くらいまで状況は悪くなっているに違いない。マリアとアミニアも少し疲れているようだ。俺も疲れた。

 っていうか、そもそも何で俺がこんな謎解きに付き合わなきゃならんのだ。こいつは本来、警察や王宮の人間……マリアや、精霊だけど王宮に関わっているアミニアの問題だろう。一般人の俺が悩むようなことじゃない。

 考えてみれば、俺の家にこいつらが居ることだって変だ。マリアの方はともかく、アミニアは一般人の家にいることが発覚しただけでも大問題になるじゃないか。なにせ世間的にはアミニアこそが本物のマリアであり、実はこいつが精霊であると知っている一般人は俺しかいないのだから。もしこのことが発覚すれば俺もただでは済まないだろう。勘弁してくれよ、ホント。

「んー、やっぱり変だよね。その連勝している男の仲間ってさ」

「ですから、そう言っているではありませんか。マリア、話を聞いていましたか?」

「いや、そうじゃなくてさ。なんだか連中、わざわざ自分たちの存在に周りを注目させようとしてる感じじゃん? 実際は警備の人や精霊しか注目してないけど、それじゃあ注目させようとする目的も達成出来てないよねって」

「そもそも自分たちに周りを注目させてどうするんですか。そんなことをすれば、更に不正はしにくくなりますよ」

 うん? 不正がしにくくなる、自分たちに注目……?

 頭の中で情報が噛み合っていく音がする。脳裏に一枚の絵が描かれていく。

 思わず体を起こして考え込むと、マリアが「どうしたの?」と訊ねてきた。

「アミニア。カジノには精霊も賭けをしに来るのか?」

「え? えぇ、お金を持っている精霊なら来ますけど」

「そいつらが姿を消しても、気配で判るんだな?」

「同じ精霊なら」

「絶対だな?」

「絶対です」

 脳裏の絵が、完成した。

 不思議そうな顔をする二人を放って、出来上がった絵に不備はないか確認。大丈夫、これで完成のはずだ。

「アミニア。今から俺が言うことは、あんたの意見であり俺の意見じゃない。いいな?」

「もしかして……真相が判ったのですか?」

「うそっ!?」

 これが真相なのかどうかは判らない。だけど、これ以外の説明は出来そうにない。

 椅子に座り直すと、俺は自分の考えを話し始めた。


   *


「トロンプ・ルイユって知ってるか? 最近話題になってる絵画技法の一つなんだけど」

 マリアは首を左右に振る。

「簡単に言うと騙し絵だな。たとえば壁に剣が掛けてあると思って触ると、実は壁に描かれた絵でしたっていうの」

「へー、そんなのあるんだ。見てみたいかも」

「実際見てみると面白いぞ。絵をあんまり見ないって人にもトロンプ・ルイユは好きってタイプ多いから」

「へー。……それが?」

「なんていうか、今回もそんな感じで騙されたーって思ったから」

「あぁ、確かにね」

 苦笑を漏らすマリアとアミニアの方に視線も向けず、俺はキャンパスへ絵筆を下ろす。

 ――あの後。違法行為を働いた精霊一柱をはじめ、連勝する男とその仲間たちが警察に逮捕されたことで、事件は幕を引いた。

 ポーカーで不正をしていた連勝する男とその仲間たち自体の不正行為は立証出来なかったものの、違法行為を働いた精霊から金銭を受け取ったという形で逮捕されている。しかしそれよりも仲間を失ったことが堪えたらしく、今は死人のような生気のない表情をしているらしい。

「しかしアドルフさん、よくお判りになりましたね。連勝を続ける彼と仲間たちは囮で、実体化を解いた仲間の精霊がチップを他のお客から盗んでいるとは」

「あんたらがヒントをくれたからさ。それがなけりゃ判らなかった」

「ヒント、ですか?」

 全ての謎を解くきっかけとなったのは、マリアが発した「自分たちに注目させようとする」という言葉と、アミニアの「不正がしにくくなる」という言葉だった。

 確かに三人で考えていた通り、連勝する男とその仲間たちの行動は合点がいかない。わざわざ不正行為を働いているというアピールをして、一体どんなメリットがあるのか。不正行為自体で何かを得ようと考えているなら、判らないわけである。要は、不正行為を臭わせることでどんな状況が作り出されるか、ということだったのだ。

「男たちが不正行為をしていると露骨に臭わせれば、当然警備の視線はそっちに集中するわよねー。結果、その他に対する警備は甘くなる」

「そして実体化を解いた仲間の精霊が動き回り、周りのお客からチップをほんの少しずつ盗んでいく。後ほど賞金と交換すれば、自分は一切お金を失うことなく賞金だけを得られる……よく考えたものです」

 犯人の精霊は男たちの仲間で、供述によると「仕事を失って絶望していた彼らを見捨てておけなかった」らしい。男たちは仕事で成果を出せず、少し前に仕事を解雇されていたことが判っている。しかしこのご時世では新しい職に就くことも難しく、次が見つかるまでの凌ぎとして今回の犯行を思い付いたそうだ。

「犯行で得た賞金は、後で仲間全員へ均等に分けていたそうです。もちろんポーカーに使ったお金も分けていました。……いつの間にか私たち王宮に関わる者は、こんなことをしなければいけないほど苦しい社会を国民に強いていたのですね…………」

「そりゃ社会にも問題はあるだろうけどさ、だからって犯罪をしても構わない理由にはならないわよ。どんな形であれ罪を犯したんだから、悪いのは犯人の方よ。アミニアが気にすることじゃないって」

 ……罪を犯したんだから悪いのは犯人の方、か。納得出来るような、出来ないような。

 確かに連中は犯罪に手を染めた。それは決して許されることじゃない。マリアの言う通り、どんな形でも罪を犯せば悪いのは犯人だ。そうしないと社会の秩序が崩れる。

 だがアミニアの言う通り、社会の方にも原因はあるだろう。結果を出せなければ用済みという厳しい社会が、もう少しだけ緩ければ今回の事件は起きなかったかもしれない。むしろこの場合、本当の被害者は犯人たちとも言える。

 なら――本当に罰せられ、正されるべきは社会なのか人間なのか。答えは人類が長い時間をかけて、少しずつ探していくしかないだろう。

 だけど。

 連中の努力、それは「犯罪だから」と言って否定したくない。確かに方法こそ間違ったかもしれないけど、それ自体は誰もが持っている「生きようとする努力」と何も変わらないのだから。突然会社に捨てられ、途方に暮れ、だけど生きたいと願って犯罪に手を染めた胸中の葛藤や苦しみ……。俺みたいな若干十六歳のガキが想像するには余りある。

 だからこそ俺はその過程を大切にしたい。結果ではなく、過程で本当に責められる存在なのか考えたい。

 犯罪に手を染めたという結果だけを見て、犯人たちを責める。それじゃあ……成果を出せない人間は捨てると言っているこの社会と、何も変わらないのだから。

「判らないのはポーカーの不正行為なのよね。どうやって連勝し続けたんだろ」

「あぁ、それな。簡単だよ、負けていた方が手札を弱くしていたからさ」

 え? と二つの口から声が漏れる。

「必ず勝つ手札を、厳しい警備の中で不正がバレないよう行い続けるのは難しい。だけど必ず『負ける』手札を作ることは造作もないさ」

 ポーカーとは一つでも強い組み合わせを作った方が勝つゲームだ。逆を言えば、手札が何の組み合わせもないバラバラな状態であれば、相手も同じ状態でない限り負ける。カジノへ来ているのだから「自分はギャンブラーで、もっと強い手札を作ろうとしたら失敗してしまった」などと言えば、最初の手札にまぁまぁ強い組み合わせがあってもカードを交換する口実は出来る。おそらく負け続けていた連中は、そうやって毎回最弱の手札を作っていたのだ。

「私、今回逮捕された精霊の気持ちが少し判ります。今にも消えそうな命が目の前にあって、しかも助けられる可能性があるなら手を差し伸べるでしょうから」

「でもアミニアは、もしそうなっても犯罪には手を染めさせないでしょ? そこが絶対的に違うよ」

「ですが……」

 尚も何かを言おうとする声を、俺は断ち切る。

「そんなこと考えても仕方ないだろ。あんたはあんた以外の何者でもなく、逮捕された精霊は奴自身以外の何者でもない。自分だったらどーのこーの、あの時こうすればどーのこーのなんて時間の無駄だ。自分は自分、他人は他人。それだけだろ」

 一瞬だけ驚いたように目を開いたアミニアだったが、すぐ「そうですね」と笑った。長く生きていれば、その分喜びだけではなく苦しみや悲しみとも付き合う必要がある。俺の主義は本来、アミニアのような奴が持つべき主義ではなかろうか。ま、考えても仕方ないから考えないけど。

 のんびり、だけど目まぐるしく世界は変わり続けている。喜びも悲しみも味わいつつ。

 さて、俺はこの世界でどれだけ人生を楽しんでいけるのだろうね?

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