宿敵(ライバル)はファンタスティック少年ボウイ/其の壱
「――で、ジュリアンはそのエフィって人にホイホイついて行っちゃったと」
どうしよう……
もうすぐ火やぶりの刑にされる罪人の気分だよ。処刑人が手にする火に熱さと恐怖を同時に覚え、公衆の面前で絶叫しそうになっている。
その処刑人であるアルマは昨日からずっと不機嫌。
原因は言わずもがな――僕がお使いに出かけたきり、手伝いに戻らなかったことだ。
そりゃ怒りたくもなるよね。
テレジアさんに荷物を届けたあと、不可抗力とはいえデメトリオさんに追われ続けて、あげくエフィさんに匿ってもらってたんだ。
そのうえ、帰ってきたのは夕食時。
アルマはまさに怒り心頭。僕は気まずさにシーンと――ああっ、やばい。余計気まずくなっちゃうよ!
僕は当たり障りなく、アルマの様子をうかがった。
「そうなんだよ~。いやあ自警団の人たちも困ったことをしてくれたもんだよ~」
「ふーん……」
「まあとにかく。今日は昨日の名誉挽回のために一生懸命働くよ!」
よしっ、これで印象ばっちり……のはずなんだけど。
アルマの様子が変わらない。
本来なら、ここはニッコリと笑って「よぉ~し、じゃあ私も働いちゃうぞ」って笑顔で返す場面じゃないか。
なのに、アルマは道ばたでぶつかって、青筋を立てるごろつきみたいな顔をしている。
とにかく怒りを静めなくちゃ。
僕は不機嫌そうなアルマの前で両頬をつまんで笑って見せた。
「ほらアルマ。笑顔にならないとお客さんもパンを買ってくれないよ?」
「……そうね」
「スマイル! スマイル!」
「…………」
「――スマイル、スマイル……スマイルネッサァ~ンス!」
ガシッ。
あれ? なにこれ? なんか僕の首が絞まり始め……ウガガガガ。もうダメ、僕死んじゃう。きっとすぐに天使のお迎えが来るんだ。
お父さん、お母さん、さようなら。
ついでにおじいちゃんも、おばあちゃんも、犬のパトラッシュも――って、僕犬なんか飼ってなかったよ。
などと、ヘブン状態になった頭の中で遊んでいたら現実に引き戻されました。
……うん、僕生きてる。生きねば。
そうして天使の尻をなでることなく、この世に戻ってきた僕が知ったのは、アルマに首を絞められていたという恐怖の事実だった。
失言って怖いよね。
そんなとき、突然「お嬢様」と叫ぶ声が聞こえてきた。どうやら、その声は市場の通りをこっちに向かって歩いてきているみたい。
僕は首をつかむアルマの手を退けた。
同時に声の主が歩いている方向を振り返った。
目線の先にいたのは、メイドの格好をした若い女の人だ。様子から察するに勤めている屋敷の娘さんがいなくなったんだろう。
とっさに目の前にやってきたメイドさんに事情を尋ねた。
「どうかされました?」
「ああ、すいません。このぐらいの背丈で、右耳の上のあたりで赤いリボンを使って結ばれた癖のある金髪の女の子を見かけませんでした?」
そう左手で女の子の身長を指し示される。
どうやら、背丈は120センチぐらいみたい。さらに年齢をいえば、7歳前後の幼女だということがうかがい知れる。
でも、それだけじゃなにもわからない。
だって、ここは市場だよ?
親子連れの買い物客や楽しげに遊ぶ子供の一団だって見かけるんだ。そうした中に背丈や格好よく似た女の子がいたら絶対わからないよ。
すぐさま首を振って答える。
「いえ、見かけてません」
「……そうですか……」
「なにかあったんですか?」
「実は今朝屋敷から突然いなくなってしまわれて――」
「いなくなったっ!?」
「……はい。いつもなら、わたくし共の誰かを連れて一緒にお出かけになるのですが、今日に限って誰にもいわずにいなくなってしまわれたんです」
ガックリと肩を落とすメイドさん。
それを見たら、当然同情せざるえないよ。見るからに落ち込んでて可哀想だもの……それに年上で身なりもキレイな人だしね。
僕はそんな下心をひた隠し、アルマに同じ質問をぶつけてみた。
「アルマは見かけた?」
「ううん、私も見かけてない」
「だよね……。お昼過ぎともなれば、子供なんていっぱい歩いてるからなぁ~」
「そうね。市場だと、どんな子供が通ったかなんて余計わからないわ」
まったくもってその通りだ。
メイドさんには悪いけど、この市場で特定の女の子なんてのは印象深い出来事でもなければ難しすぎる。
助けてあげたいのは山々だけど、こりゃ情報が少なくて無理だよ。
「どうしたもんかなぁ~?」
僕は打つ手なしの状態におもわず言葉を漏らした。
「だったら、ジュリアンも手伝ってあげればいいじゃない?」
ふとアルマがそんなことを言い出す。
それに対して、メイドさんは驚いた様子だった。
「いいんですか? 見ず知らずのわたくしなんかを助けていただいて……」
「構いませんよ。この子は優しくて正義感の強い男の子ですから」
なんてアルマが言うと、僕が子供みたいに思える……っていうか、年下なんだけどなぁ~。
複雑な気持ちのまま、アルマに問いかける。
「――でも、またお店を1人で回すことになっちゃうよ?」
「昨日はすぐ帰ってくるって約束して一度も手伝わなかったじゃない。だけど、今日はいいわ」
「……許してくれるの?」
「状況が状況でしょ? 私もそんなに器量の狭い人間じゃないわ」
「ありがとう、アルマ」
「とにかく行ってあげて。私も売れ残ったパンを工房に返品したら応援に行くわ」
「勝手にお店閉めちゃっていいの?」
「大丈夫よ。今日は夕方からお祭りだし、工房の方も早めに閉めて出かけるみたいだしね」
はぁ~、ホントにアルマは優しいなぁ~。
いつもは叱られてばかりで、怖いお母さんのイメージのある子。年下で胸が無く……じゃなくて、年上の僕にまったく敬意を払わない生意気な女の子なんだもん。
そんな子がときどき見せる優しさって胸がキュンとしちゃう。
……これが『萌え』ってヤツなのかなぁ~? キャ~ワイイッ!
なんて、ふざけてる場合じゃない。
アルマの優しさに報いるためにも、早く女の子を見つけないと。
僕は真剣な表情で告げた。
「わかった。もし見つかったら、先に家に戻ってるよ。それで3時ぐらいに僕が戻っていないようだったら、まだ探してるって思っておいて」
「うん、私もなるべく早く探せるように努力するわ」
「じゃあ行くね。なにかわかったら、マルティンさんに伝えておいて」
と言ってアルマに別れを告げる。
直後、メイドさんが「助かります」と頭を下げてきた。
僕はその場で両手を左右に振って遠慮はいらないことを示して見せた。だけど、メイドさんにとっては大きな恩だったらしい。
深々としたお辞儀を何度もされた。
それから、メイドさんを伴って女の子の捜索を開始した。