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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第一章「主を求めて三千里」
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白薔薇の騎士とお気楽自警団/其の四

 いったいどれぐらいの時間が経っただろう……?

 僕はヴィエナの『どこか』にいた。



 どこかっていう表現は、つまり知らない場所に来てしまったということだ。一つ言えることは、ここが表通りからかなり離れた裏路地であるということ。

 僕は長屋と長屋の間に積み重なった口の開いた木箱の中に身体を潜めていた。



「はぁ……。なんでこんなことになったんだろ」



 思えば、デメトリオさんの言いがかりから始まったこと。なんの罪もない僕がどうして追いかけられなきゃいけないんだ。


 ため息をつきながら、ふと空を見上げる。

 屋根と屋根の隙間から見える空はどこまでも長細く続いているかのようだった。その色もすっかり赤く染まっている。

 僕は周囲を確認しながら木箱の中から這い出た。


 どうやら、デメトリオさんは撒けたみたいだ。

 これで一安心――なんて思ったけど、ここがどこだかわからない以上そうも言ってられない。



「参ったなぁ~」



 こう何度も、何度も、同じようなことをつぶやいてると、だんだん悲しくなってくる。

 元はといえば、デメトリオさんのせいなのに。



 僕は右手で後頭部をかきながら、自分の北方向を思い出そうと試みた。だけど、来たこともない街から抜け出て表通りへもどれっていう方が無理がある。

 それに僕は上京してわずか三週間だ。


 加えて、ヴィエナは迷いやすい。


 なんでかっていうと、以前アルマが言っていたようにヴィエナは小さな山を削って、頂上から四角い渦巻きを描くように城壁を築いてできている。

 さらに山だけに街はお城を頂点とし、十字に作られた大通り、段々畑のように家屋が麓向かって建ち並んでいる。だから、下手をすれば自分が来たのが登り方向なのか、下り方向なのか、わからなくなるらしい。


 元々、難攻不落の要塞として築かれたため、敵の侵入を防止する策がいくつも張り巡らされてたんだって。

 だから、迷いやすいのもその侵入防止策の1つらしい。

 そんなわけで、ヴィエナはいまも要塞としての機能が健在。後生の人間にとってはありがた迷惑な都市防衛機能なんだそうだ。

 

 ……もちろん、これらは全部アルマの受け売り。



 おまけにさっきから人の往来がまったくない。

 それだけに道を聞く相手もいなくて、僕は途方に暮れるしかなかった。



「まずいなぁ~。どうやって帰ろう」


 帰り方がわからなくて、だんだん不安になってくる。とはいえ、このまま手をこまねいているわけにもいかない。

 僕はとりあえず下り方向へ歩いて行くことにした。



 道々に見る裏町は汚れてすすけた白い長屋が建ち並んでいる。頭上を見ると、所々で壁と壁をヒモでつないで作られた物干し竿があった。


 ……なんだか異世界に迷い込んだみたい。


 僕はそう思いながらもさらに道を歩いた。


 そんなとき、前方右手の小道から一人の女性があらわれた。

 女性は茶色い木綿地のペルリーヌからはみ出た両手で大きな紙袋を持って僕の前を歩いている。ちょっと見間違えば、お産前の妊婦さんみたいでなんだか重々しく感じられた。

 僕はその人を見て、「大変そうだなぁ~」と思った。


 ふと道を尋ねればいいのではないかということに気付く。


 僕はすぐさま女性に向かって駆け出そうとした――が、道に迷ったこと自体が恥ずかしくなり、その場で躊躇して足踏みをした。


 ……って、見栄を張ってる場合じゃないんだけどね。でも、女性に「道に迷いましたぁ~」なんてことをいうのも恥ずかしいし。

 そうだ、あの人の荷物を持ってあげて上にさりげなく聞き出せばいいんだ。

 よしっ、善は急げだ。


 僕は女性に近づいていった。



「あの、よろしかったらお持ちしましょうか?」


「え?」



 その女性はいきなり現れた僕に驚いた様子を見せた。


 当然だよね。

 道ばたで急に声を掛けられたら、僕だって驚いちゃうもん。でも、ここで引き下がったらせっかくの名案が台無しだ。


 僕はさらに両手を差し出して、受け取る姿勢を見せる。



「いや、なんだかとても重そうだなって思いまして……」


「これはご丁寧にありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。いつものことですから」



 あれ? なんかハシゴを外されたような……いやいや、これであきらめるわけにはいかないじゃないか。


 僕は念を押してもう一度言ってみた。



「こんな重そうな荷物見てたら、そういうわけにもいきませんよ。どうぞ、僕に任せちゃってください」


「……そうですか? では、お言葉に甘えて」


「ええ、どうぞ」



 と言って、女性から荷物を受け取る。


 ところが予想外にも荷物は重かった。そのせいで、おもわず腰砕けになっちゃった。いったいなにが入ってるんだろう?

 僕はとっさに紙袋の中をチラリとのぞき見た。

 そこにはリンゴやキャベツなどの大量の野菜、それと大瓶に詰められた調味料。おまけにボトルに詰められたなにかのボトルが三本入っていた。


 ……というか、女性に持つにしてはかなりの量な気もするんだけど。


 そのことに感心して、僕は女性に荷物について尋ねた。



「毎日こんなにいっぱい荷物を運んでいるんですか?」


「ええ、そうですよ。まあ仕事柄必要なモノばかりですから」


「スゴイなぁ~。なんだか男であるはずの僕が情けなくなってきました」


「そんなことないと思いますよ。アナタだって、どこかの騎士様なのでしょう?」


「えっ、僕が騎士……?」


「風格からしてそう見えましたが……違いました?」


「……ち、違いますよ! 僕は騎士なんかじゃなくて、まだ徒弟にすらなってないただの夢見る一般人ですよ」


「そうだったんですか……。ごめんなさい、私ったらてっきり――」


「いえ、いいんです。夢だけ抱いて地方から上京して来たようなモノですから」


「地方から来たんですか?」


「ええ、そうなんです。まだこっちに来てひと月ぐらいですけど、正直騎士団のことも、この街のことも、あまりよくわかってなくて……」



 と僕は苦笑いを浮かべて、そう話した。


 自分で言うのもなんだけど、時々ここまでなにしに来たんだかわからなくなるときがある。来るときはすごく意気込んで「騎士になろう」って決めてきたのに。いまじゃアルマの言うところのニートそのものな気がする。


 ……人生まで負けてられない。なんとかしないとなぁ。


 そんなことを考えていると、突然女性がポンッと手を合わせた。



「なるほど。それでこんなところにいたんですね」


「……え?」


「いえ。どうして私を助けてくれるのかとちょっと考えてたんです」


「あっ、もしかしてわかっちゃいました?」


「――つまり、アナタは道に迷って私に声を掛けようとしたけど、それ自体が恥ずかしくて荷物を運ぶのを手伝うフリをしたってことですよね」


「アハハハ……。おっしゃるとおりで」


 やっぱり、見抜かれちゃったか。でも、無事道は聞けそうだし、結果はオーライだったかも。


 僕はそのことを踏まえて女性に質問した。



「どうしてわかったんですか?」


「あまり大きな声じゃ言えませんけど、このあたりって貴族街を追われた訳ありの人たちが住むところなんです」


「……そうだったんですか。道理でさっきから人が少ないわけだ」


「ええ、このあたりは日中は警吏が巡回してて安全なんですが、夜になると暴徒がよく現れるんです」


「ヴィエナって治安が安定してると思ってましたけど、そうでもないんですね」


「普段は落ち着いてて、とても平和な街なんですよ。でも、街の中にはこういう場所があって一概には平和とは呼べないんです」



 ヴィエナって、案外治安が悪いんだなぁ~。僕はてっきり騎士団が統治してて、すごく安全なイメージを持ってたよ。

 田舎の方なんか山賊や押し込みが出たりして、もっと治安が悪いし。



「でも、どうしてこんなところにいたんですか?」


「えっと、ですね……なんて言えばいいのかなぁ?」



 うっ……。

 どう返事をかえせばいいんだろう? 憲兵隊に背中に「悪」と貼られて、勝手な容疑をねつ造されましたなんて言いにくい。


 困り果てたあげく、僕は「これなんです」とズボンのポケットにしまい込んだ紙を取り出して見せた。

 すると、紙に書かれたモノを見た女性が「あらあら」と声を上げる。



「これはデメトリオさんの仕業ですね」


「知っているんですか? いったいあの人たちは……」


「見ての通りの自警団ですよ。まあさっき言ったような怪しげな人たちが街の中にいることは確かですが、基本的に平和なので時々こうしてイタズラを起こすんです」


「イタズラってレベルじゃないですよ。いくら何でも無罪の人間を捕まえようだなんて失礼にもほどがあります!」


「大の大人が子供じみたことをと思うでしょうが、許してあげてくださいね。さっきも言いましたけど、それだけこのヴィエナはとても平和な街ですから」


「うーん、おっしゃることはわかるんですが……本当に参りました」



 はぁ~ホントげんなりするよ。女性は「まあまあ」と慰めてくれたけど、なんだかやるせない。



「なんでしたら、ほとぼりがさめるまでウチの店に来ませんか?」


「……え? いいんですか?」


「構いませんよ。とは言っても、私はその店の主ではなくウェイトレスですけど」


「じゃあお言葉に甘えて……」


「ただし、うちの店はホイリゲなので夕方になると行商人や非番の兵隊さんたちでいっぱいになりまよ」


「ホイリゲ……ってなんですか?」


「ご存じないですか。四年前の戦争の影響で一時期ワインが不足したことあったんです。そこから、買い付けに来てた人たちに直接ワインや料理を振る舞うお店として農場を丸々お店に改装したオープンスタイルの酒場のことですよ」


「へぇ~そんなのがはやってるんですか」


「ええ。ですから、あの人たちも来る可能性があります」


「うっ、それじゃあ……」


「大丈夫です。帰りは私が送って行ってあげますから」


「あ~よかったぁ~。それなら安心かな?」


「まあほとぼりが冷めるまでし。それまでウチの店でゆっくりしてってください」


「わかりました。なんか巻き込んだみたいでごめんなさい」


「いいんです。元はといえば、デメトリオさんたちが悪いんですから」



 と言って、女性は僕に優しく微笑みかけてきた。


 それを見て、僕はデメトリオさんに追い回された不幸な半日がちょっとだけ報われたような気がした。


 ……ううん、この場合はラッキーだと思った方がいいかもしれない。だって、こういうことがなければ、この人とも出会わなかったんだし。それを思えば、デメトリオさんにちょっぴり感謝しないといけないなぁ~。


 そうして、僕は今日一日の出来事を振り返った。

 人妻で美しいテレジアさんに出会ったこと、はた迷惑なデメトリオさんに出会ったこと。

 それとこの女性に出会ったこと――って、あれ? そういえば、ぜんぜん名前聞いてないや。


 とっさに僕は女性に名前を尋ねた。



「そういえば、お名前うかがってなかったんですが……」


「ああそうですね。私はエルフリーデ・オーベリ――エフィでいいですよ」


「僕はジュリアンです」


「では、改めてよろしくお願いします。ジュリアン君」


「はい……なんかこのやりとりも今日は2回目だなぁ~」


「2回目なんですか?」


「そうなんです。今日はちょっと初めての人に会ってばかりで」


「フフッ、それだけアナタの交遊の輪が広がっているってことですよ」


「……交遊の輪ですか?」


「そうです。そして、その輪がアナタに新しい可能性を広げてくれる――少なくとも、私はそう思いますよ」


「は、はぁ……」



 つい言葉に詰まっちゃったけど、エフィさんの話はなんだか予感めいたモノを感じる。

 ……でも、エフィさんはいいことを言うなぁ。本当にいろんな人に出会うことが、僕にとって新しい可能性を広げることなのかもしれない。


 僕は頭に浮かんだアルマの顔を思い浮かべた。


 そういえば、アルマはどうしてるだろう? きっと今頃、僕が帰ってことないことに激怒しているかもしれない。

 ちょっぴり不安に思いながらも、僕はエフィさんの後に付いていった。






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