白薔薇の騎士とお気楽自警団/其の弐
「大きな家だなぁ~」
もらった地図に書かれたところへ行ってみての第一声。
僕は2メートルはあるんじゃなかろうかという大きな門の前に立っていた。
アルマの手伝いの方は「しばらくは一人大丈夫」という許しが出たので、それに甘えて僕は頼まれたお使いを済ませることにした。
そして、やってきたお届け先がこのお屋敷――
あまりの絢爛豪華なたたずまいにおもわずため息を付いちゃった。
でもって、「間違ったかも」と思い、何度も地図を見返す始末。だけど、もらった地図はなに一つ間違っちゃいなかった。
邸宅を囲むように石膏を塗り固められた石は屋敷塀として高く積み上げられ、泥棒の侵入を拒んでいる。敷地の中を覗けば、一般市民の家が左右2軒ずつ収まりそうな大きさのそれは広い広い庭園があった。
「なんて大きいんだろう……? まるで神様の神殿の前にやってきたみたいだ」
と一言つぶやいてみる。
……え? そんな、大げさだって?
だって、曲がりなりにも貴族である実家とは大違いなんだもん。田舎の貧乏貴族である僕の家はちょっと大きめの農家の家と言って差し支えないぐらいの貧相なレンガ造りの屋敷だよ?
いざ家の人を呼ぼうにも、こっちが緊張しちゃうじゃないか……ホント、どうしたものかなぁ~?
ええいっ、ここは叫んでみるしかない!
とっさに僕は大きく息を吸い込んだ。
そして、少しだけ肺の中にため込むと一気に放出して大きな声に転換した。
「スイマセェェェエエエ~ン!」
ところがおかしなことに誰も姿を現さなかった。
……おかしいな? こういう場合、メイドさんがやってきて必ず応対してくれるはずなのに。
そう不審がっていると、不意に敷地内でなにかが動く姿が見られた。
なんだろうと思って目を凝らしてよく見てみる。
すると、屋敷の裏庭の方から1台の馬車が現れた。その馬車はここから30メートルぐらい先にある玄関の前で止まった。
誰かが出かける――そう直感した僕は再び大声で呼びかけてみた。
「あの~スイマセ~ン!」
すると、その声が届いたのか。
馬車を避けて、その脇から鎧を着た女性1人がゆっくりとした足取りでこっちに歩いてくる。
その女性は目の前までやってくると、不思議そうな顔で僕を見た。
「なんか用ッスか?」
「……あの、靴屋オリーヴェの者ですが。ご注文いただいた品をお届けに上がりました」
「ああ靴屋さんッスか?」
「はい、そうです」
「チョビ待ってもらえるッスか? チョビ隊長に確認してくるッス!」
と言って、女性がきびすを返して馬車の方へと戻っていく。
それにしても、「チョビ」って連続で付けてるのは口癖なのかな? それはそれでおもしろいけど、何度も繰り返し言われるとチョビ気になってくるよ。
……あっ、移っちゃった。
僕は女性が戻ってくるまで、ずっと語頭にチョビを付け続けた。
閑話休題――
女性はすぐに戻ってきた。ところが僕から荷物を受け取ってくれると思ったら、なぜか門を開け始めた。
「あ、あの……荷物は……?」
「チョビ申し訳ないッスね。いまちょうど出かけるところだったので、チョビこの門を開けるのを優先させてもらうッス」
「は、はぁ……」
う~ん、この荷物はそんなに大事ってほどでもないのかな。っていうか中身っていったいなんだろう?
そんなことを考えていたら、いつの間にか玄関先にあった馬車がこっちに向かってきていた。馬車は路上に出ると、僕の位置から少し離れた場所で停止した。
とっさに扉が開く。
すると、中から波線を描きながら落ちる長い金髪の女性が現れた。
一言で言えば、大人の女性。
真っ白な肌は妖艶でとても魅力的。胸もふくよかで前進から溢れ出るオーラは優しく包み込んでくれる雰囲気を醸し出している。しかも、明らかに既婚者であることを示すように左手薬指には指輪がはめられていた。
僕はおもわずその女性に見とれてしまった。
そう言えば、昔よく遊んでた友達の家に遊びに初めて行った際、その子のお母さんがスゴイ美人で驚いたなぁ~。
もちろん、本気で好きになっちゃいそうだったよ。
たぶん、いま僕が抱いてる感情はまさにそれなのかもしれない。
……人妻、最高だね。
「アナタがオリーヴェの人?」
「あっ! は、はい……」
いけないっ、いけない! あまりのキレイさについボーッとしちゃってたよ。さっさと頼まれた品物を渡して帰ろうっと。
僕は女性に持っていた荷物を手渡した。
「これがご注文の品です」
「ありがとう。今日は女の子じゃないのね」
「女の子……? もしかしてアルマのことですか?」
「そう、あの子はアルマって言うのね――で、アナタは新しく入った店員さん?」
「……いえ。僕は単なる居候です」
「居候?」
「詳しくはお話しできませんが、ちょっとワケありでして……」
さすがに騎士になりたくてヴィエナまでやってきたのに、他人の家に居候しているなんて言えないや。ましてや、こんなキレイな女性の前でみっともらしくない話をするわけにもいかないし。
僕は苦笑いを浮かべ、ただひたすら取り繕うしかなかった。
「よくわからないけど、届けてくれたことには感謝するわ」
「いえ。こちらこそ、ご注文ありがとうございました」
「今後もまた利用させてもらうから、マルティンさんにもよろしくと伝えくださいね」
「わかりました」
「……あ、ごめんなさい。もう少しお話ししていたいけど、いまから重要な会議があるの」
「いえ、こちらこそ長居させてしまって申し訳ありません」
「機会があったら、今度ゆっくりお話しましょ?」
「そのときは是非!」
と言って、深々と頭を下げる。
そして、一路市場を目指して歩き出した――が、とっさに呼び止められる。
僕は振り返って、女性に「なにか?」と用件を尋ねた。
「お名前をうかがってなかったわ。私はテレジア……アナタは?」
「ジュリアンです」
「覚えておくわ。また会いましょう、ジュリアン君」
とテレジアさんがそのキレイな顔で微笑む。
それを見た瞬間、僕の胸が激しく高鳴った。
まるで今日一日得した気分――天使、いや女神の微笑みと言った方がいいかな? それぐらいテレジアさんの笑顔はステキだったんだ。
……ああ、いますぐあの豊満な胸にうずくまって甘えたいっ!
「いってらっしゃ~い」
気持ちを高揚させ、馬車に乗り込もうとするテレジアさんの背中を見送った。
……グヘヘ。にしても、やっぱ美人な人妻はいいなぁ~。僕もああいう奥さんだったら、もらってみたいかも。
整った顔も大きな胸もステキだし、なにより白い鎧がいい!
カッコイイよね? あの白い鎧――しかも、キレイな女性が着ると男らしいと言うより、凛々しいって感じがする。
強いて言うなら、あの美しさは白薔薇って感じだね、うん。
「……ん? 白い鎧?」
とっさに僕は自分の発言のおかしさに気付いた――そう、本来はテレジアさんは純白のドレスを着ているべきなのだ。
にもかかわらず、馬車の窓から手を振って屋敷を出て行くテレジアさんの姿はまさに騎士の格好。
僕はそのことに気付き、大声で驚きの声を上げた。
「え"え"え"ええぇぇぇぇぇ~っ!?」
……ゆ、夢でも見てるのかな?
僕は目をこすり、遠くの方へ走り去る馬車の姿を見続けた。