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我が主(マスター)に剣の誓いを  作者: 丸尾累児
第一章「主を求めて三千里」
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白薔薇の騎士とお気楽自警団/其の壱


 あくる日。


 僕はアルマの「おはよう」の一声で目を覚ました。

 ……と言っても半ば強制だったので、当然布団をかぶって二度寝しようとしたさ。でも、最近僕のお母さんみたいな態度を取るアルマは許してくれなかった。


 それどころか、体を揺すって強引に起こす始末。



「いい加減、起きないと朝ご飯はないからねっ!」



 ……って、ホントにお母さんみたいじゃないか。


 どうしてアルマはこうなのかなぁ~。

 素っ気ない感じで出て行ったけど、もう少しおしとやかで優しい起こし方してくれたら、僕も甘えずに起きられるのに。


 ……あ、でも結局二度寝はしちゃいそうだな。


 僕はアルマが出て行くのを見るなり、そそくさと着替えを済ませた。

 それから、扉を開けて廊下に出た。廊下は吹き抜けになっていて、その一角に階段はある。


 つまり、僕の部屋は二階。


 朝食を取るためには、一階のダイニングへ向かわなくちゃならない。僕はゆっくり階段を降りた。

 ふと妙な臭いが漂ってくる。

 どうやら、一階から匂ってきてるみたいだ。

 僕はそのにおいのする方を見ると、作業場みたいなところでエプロンをつけて作業する中年の男性を発見した。



「おはようございます、マルティンさん」



 マルティン・アーベル――アルマのお父さんだ。

 靴職人さんらしく、併設された靴屋「オリーヴェ」で自慢の靴を売る仕事をしている。いつもニコニコしながら、僕やアルマのことを気遣ってくれている優しい人だ。



「おはよう、ジュリアン君」



 と返事をかえされる。


 僕はテーブルのところまで歩いて行き、作業の様子を横からのぞき見た。

 なにやら子供用の靴を作っていたらしい。星形の金細工が飾り付けられた小さくて愛らしい靴の片割れがマルティンさんの手元にあった。



「可愛らしい靴ですね?」

「ああ、ひいきにしてもらっている伯爵夫人からのご要望でね。今日納品しなくちゃならないんだ」

「朝から大変ですね」

「そうでもないさ。私にとって、靴を作るのはとても楽しいことなんだ。ひとつ、ひとつ丁寧に作り上げた靴を笑顔で履いてくれる人たちがいる。その笑顔を作りながら頭に思い浮かべると自分も幸せな気持ちになれるんだ。だから、靴職人としてより最高の一品を作れることは喜びなんだよ」

「へぇ……」



 そう思えるマルティンさんが羨ましい。

 僕も早く騎士になって、同じ事が言えたらどんなに誇らしいだろう。

 いまはまだニートとかそんなのかもしれないけど、いつか立派な騎士になってマルティンさんみたいに仕事を誇れる人間になりたい。


 僕はいつか自分もという思いからマルティンさんに語りかけた。



「うらやましいです……。僕もそういう志のある騎士になりたいなぁ~」

「ジュリアン君なら、きっとそうなれるさ。君がその仕事に必要な『なにか』を見出せば、おのずと答えは出るよ」



 ……必要な『なにか』かぁ~。う~ん、いったいなんだろう?


 愛でもないし、勇気でもない。そういうモノは心がけていれば、あとからおのずと付いてきそうな気もする。

 そうじゃなくて、マルティンさんが言っていることの本質はもっと別なモノな予感。

 僕はそのことに思考を巡らせた。



「二人ともスープが冷めるわよ」



 ところがとっさに右側の扉からアルマが顔を覗かせて呼びかけてくる。その呼びかけに僕は思案することを止めざるえなかった。

 なんだか思いつきそうだったんだけどなぁ。

 まあお腹が空いていたのは事実だし、しょうがないよね。



「さあ、朝飯だ」



 とマルティンさんが声を張り上げる。

 僕はその言葉に従い、食事が用意されたダイニングへとむかった。




 ダイニングでは、アルマがパンを三等分に切り分けていた。テーブルには三人分のスープが配膳されている。

 隣にマルティンさん、対面にアルマという感じで席が用意され、パンをテーブルの中央に置いて食事の準備が整った。



「いただきます!」



 さあごはん、ごはん!

 ……とパンをちぎろうとしたとたん、アルマに「待って」と制された。



「え、なに?」

「お祈りが先でしょ?」

「……ああ、そうだった」



 ああ、すっかり忘れてた。

 アルマの家はソーア教信徒だっけ?

 ソーア教っていうのは、昔からこの大陸にある一大宗教のこと。その宗教の信者はみな食前に祈りを捧げることを慣習にしている。


 アルマが宗教神への感謝を口にする。



「天に召します我らが母神ソーアよ。今日一日の勇みを労いて、ここに糧を得られる事を感謝します」



 左の肩口から右の肩口へ一文字を切り、そこからさらに額へ手を動かす。そして、また左の肩口へと戻して三角形を作る。


 これがソーア教の祈祷印。


 ホントに熱心な信者は毎日教会に行ってお祈りをして、ことあるごとに日常の怠慢を神様に懺悔したりしている。

 だったら、僕は南方の島で信仰されているっていうファラリス神の方がいいなぁ~。

 「汝、欲望のままであれ」ってなんかカッコイイじゃん!


 まあかくいう僕もソーア教信者なんだけどね。

 アルマほど熱心さはないかな?



 え? なんでかって……? 

 もちろん、決まってるじゃないか!



 そんな「信仰心」なんかより「武勇伝」の方が断然興味からだよ――むしろ、そっちが大事とも言える。



「あっちゃん、カッコイイッ!」



 ……あれ? いまどこからか叫び声がしたような。

 でも、僕はあっちゃんじゃなくて、じゅっちゃんだ。それを考えると、いまのはきっと空耳に違いない。



 そうこうしているうちに神様へのお祈りが終わった。

 僕はかき込むようにして、食事にありついた――が、とたんにスープの中にあの丸っこくて緑色をした物体が入っているのに気付く。



 そう、それは紛れもなくヤツさ。



 僕の大嫌いなブロッコリーとグリンピース! ああもうっ、アルマはなんてモノを入れてくれちゃってるのさ。

 それを見るなり、僕のスプーンを動かす手は止まった。

 同時にヤツらをすくってパン皿の方へと移し替える――が、それをよしとしない咳払いが唐突に発せられた。

 僕はその咳払いに顔を上げた。すると、アルマが不快そうな顔でにらみつけていたんだ。



「ちょっとジュリアン!」

「なに?」

「なにじゃないわ。ちゃんと食べないとダメでしょ? そんなもったいない事しちゃいけませんっ!」

「えぇ~っ!? だって、ブロッコリーとグリンピースは昔から嫌いなんだよぉ」

「そんな子供みたいなこと言ってたら、騎士になんかなれないわよ?」

「もうアルマってば~。お母さんみたいなことを言わないでよ」

「お母さんじゃなくてもなんでもです……いいから食べなさいっ!」

「ああああぁぁぁぁ!」



 無理矢理スープへと戻されたぁぁぁあああ~っ!


 もう一度言おう。

 僕はブロッコリーとグリンピースが大っ嫌いだ。そんなものを罰だと言わんばかりに戻されたら、誰だってイヤじゃないか。

 僕はとたんに言葉を失った。

 だけど、アルマはそんなお構いなし。



「そんなおおごとじゃないでしょ?」

「おおごとだよ! 一大事だよ! 嫌いな食べ物を口にするなんて、平和な僕の心に革命でも起きたかというぐらいに出来事さ。それじゃなかったら、食べるわけがないよ」

「フッ――」

「な、なに……?」

「そんなの愚問だわ」

「愚問? 僕にとっては重要なことだよ!」

「おだまりっ! ジュリアンのくせに生意気よ!」

「そんなぁ~。『毎回耳のない青い猫に助けを求める少年』みたいな扱いしないでよ!」

「じゃあ食べなさいよ。私が精魂込めて作ったんだから、文句は無いわよね?」

「ううぅぅぅ…………」



 ……ぐうの音も出ない。くそぉ~アルマめっ!


 どうやら、僕はこの家にいる限り、この恐妻(?)からは支配からは逃れられそうにないみたいだ。

 それにこの家で家事全般をしているのはマルティンさんではなくアルマ。つまり、アルマに逆らうことは、移植の自由を剥奪されることを意味する。

 これが屈辱的でなくてなんだっていうんだ!

 ボイコットしてやる! 家出してやる! 駆逐してやる!



 ……って、よく考えたら居候でした。



 絶対家主に勝てないよね、僕。

 そんなことを考えてたら、マルティンさんが助け船を出してくれた。



「まあまあ、アルマ。ジュリアン君はお客さんなのだから、もう少し言い方って言うモノがあるんじゃないか?」

「だけど、お父さん! この三週間、ずっとジュリアンを見てきたけど、甘やかすとすぐダラしなくするし、部屋だって散らかり放題なのよ?」



 部屋でなにしようと僕の勝手じゃないか。

 それだって言うのに、アルマはとにかく口うるさく言ってくる。何度も言うけど、アルマはホントお母さんみたいっ!



「僕だって片付ける努力はしてるさ……」

「はぁ? ホントに?」

「ホントだってば!」

「……で、ホントにやったの?」

「うっ……」

「どうせまた『そのうち』なんて言って片付けてないんでしょ?」

「……片付けてるよ……そのうち……」

「へぇ~いつやるの?」

「…………」

「いまでしょ?」



 うぅ~やっぱり勝てない――アルマはこの家の絶対君主だ。

 これに逆らったら、僕は未来永劫に食いっぱぐれる……そんなのイヤだぁ~。ご飯がない生活なんて考えられない。

 かといって、僕に食事を作るスキルがあるわけないし。



「アルマ、やめなさい」

「お父さんっ!」

「もう少しジュリアン君に優しくしてあげられないのか? オマエは気立てがいいが、少し融通が利かなすぎる」

「そうは言ったって……」

「とにかく無理強いはよくない。食べさせるなら、なにか別な方法でも考えてみなさい」

「……うん、わかった」



 スゴいっ、マルティンさんスゴい!


 こんな立派なお父さんだったら、僕も「息子にしてください」って言っちゃうね。それがダメなら、この際犬でもいいや――ワンワンッ、僕はアナタの忠犬です。



「ジュリアン君もアルマの料理を残さずに食べてやってくれないか?」



 さっそくご主人様の命令が来た。


 よし、食べる! 明日から食べる!

 ……うん、きっと食べないね。とっさに思ったけど、今日の誓いなんてザラなんてもんじゃないぐらい軽いから。


 そんなことを考えてたら、調子に乗ったアルマがヘンなことを言い出した。



「そうよ、私がこの料理を作っているんだからねっ!」



 ガルルルルゥ~!

 マルティンさんにおとなしくされたと思ったら、またそんなことを言い出して。

 とはいえ、ホントに食べないと夕飯にありつけなくなっちゃう。

 僕はしぶしぶ嫌いな二つの食べ物を口の中へと放り込んだ。むろん、味わう気なんてサラサラないよ。ただひたすらスープの塩気と他の具材の味に誤魔化して、さっさと胃袋へと納めるだけさ。


 ……でも、口の中で噛み砕いたグリーンピースのパサパサ感がなんかイヤだ。



「それを食べたら、早く市場へ行く支度をしてね」



 と追い打ちを掛けるようにアルマが言う。


 黙っていれば、キュートな女の子なのになぁ~もったいない。

 結局、アルマはおせっかいなまでに面倒見のよいところと肝のすわった性格がそういう魅力を損ねているんだよ。



 そうこうしているうちに食事は終わった。

 僕は一度部屋へ戻り、出かける支度をととのえた。そして、再び一階に降りると準備を済ませたアルマと一緒に市場へ向かうことにした。

 ところがその矢先。

 僕はマルティンさんに呼び止められた。



「ジュリアン君」

「はい?」

「すまないが、このメモに書かれた住所の御宅に荷物を届けてくれないか?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとう、助かるよ」

「いえ、居候させてもらってますし、これぐらいのことならいつでも言ってください」

「じゃあこれが荷物ね。届け先には今日か明日に届けるって伝えてあるから『靴屋オリーヴェのものです』って言えばわかるよ」

「わかりました」

「頼んだよ」



 いったい中身はなんだろう?


 ちょっと気になったけど、ここで開けるわけにもいかない。僕は荷物を受け取ると、玄関のドアを開けて市場へと向かった。





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